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ハリケーンカトリーナの被災者
2005年、ハリケーンカトリーナがアメリカ南部を襲い、最大級の被害をもたらした事は記憶に新しいだろう。特にジャズとソウルミュージックの中心都市、ニューオリンズの被害は壊滅的だった。
何軒もの家が倒壊し未だ完全には復旧できていないと聞く。
住む家を失った被災者の中に、“ニューオリンズの至宝”とまで称されたソウルミュージックグループ、ネビルブラザーズのリードヴォーカリスト“アーロン・ネビル”がいた。
アーロン・ネビル
ニューオリンズミュージックの至宝、ネヴィル・ブラザーズのメンバーで、古くからソロ活動も行っており、マッチョな見た目からは想像できないクリアヴォイスで、ヨーデルを髣髴させる甘い、独特な美声を持つ。
今回ご紹介するのは、彼がカトリーナで被害を受けた後、2006年の作品。

Aaron Neville "broing it on home...the soul classics"
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.2
録音はややHighが強すぎる感じはするが、ヴォーカルの透明感に取っては良い方向。
声帯の振動感が良く出ており、アーティストの感情表現が感じ取りやすくなっている。
ソウルミュージックらしい音作りの優秀録音。
このCDはオーティス・レディング、サム・クック、ビル・ウィザース、マーヴィン・ゲイといった伝説的シンガーの歌を取上げている。ほとんどがスタンダードとして定着した曲ばかりで耳馴染のある曲ばかり。アーロンの独特の歌唱法により、より新鮮で、感情的に聴こえる曲として仕上がっている。
broing it on home...the soul classics 古いソウルミュージックを家へ持ち帰るという意味になるのだろうか、、、ハリケーンカトリーナで自宅が倒壊し、ナッシュビルに移住せざるを得なくなったアーロン・ネビル。復興が始まっても持病の喘息のためにドクターストップがかかり、帰って来れなかったアーロン・ネビル。2008年のニューオリンズジャズ&ヘリテッジ・フェスティバルにてネヴィル・ブラザーズとして凱旋するのだが、故郷を離れて録音したソウルスタンダードに、彼はどんな思いを込めたのだろうか。
彼の歌うStand By Meがそこはかとなく切なく聴こえる。
何軒もの家が倒壊し未だ完全には復旧できていないと聞く。
住む家を失った被災者の中に、“ニューオリンズの至宝”とまで称されたソウルミュージックグループ、ネビルブラザーズのリードヴォーカリスト“アーロン・ネビル”がいた。
アーロン・ネビル
ニューオリンズミュージックの至宝、ネヴィル・ブラザーズのメンバーで、古くからソロ活動も行っており、マッチョな見た目からは想像できないクリアヴォイスで、ヨーデルを髣髴させる甘い、独特な美声を持つ。
今回ご紹介するのは、彼がカトリーナで被害を受けた後、2006年の作品。

Aaron Neville "broing it on home...the soul classics"
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.2
録音はややHighが強すぎる感じはするが、ヴォーカルの透明感に取っては良い方向。
声帯の振動感が良く出ており、アーティストの感情表現が感じ取りやすくなっている。
ソウルミュージックらしい音作りの優秀録音。
このCDはオーティス・レディング、サム・クック、ビル・ウィザース、マーヴィン・ゲイといった伝説的シンガーの歌を取上げている。ほとんどがスタンダードとして定着した曲ばかりで耳馴染のある曲ばかり。アーロンの独特の歌唱法により、より新鮮で、感情的に聴こえる曲として仕上がっている。
broing it on home...the soul classics 古いソウルミュージックを家へ持ち帰るという意味になるのだろうか、、、ハリケーンカトリーナで自宅が倒壊し、ナッシュビルに移住せざるを得なくなったアーロン・ネビル。復興が始まっても持病の喘息のためにドクターストップがかかり、帰って来れなかったアーロン・ネビル。2008年のニューオリンズジャズ&ヘリテッジ・フェスティバルにてネヴィル・ブラザーズとして凱旋するのだが、故郷を離れて録音したソウルスタンダードに、彼はどんな思いを込めたのだろうか。
彼の歌うStand By Meがそこはかとなく切なく聴こえる。
意外と高音質録音が多いカントリーミュージック
カントリーミュージックは、Wikipediaによると次のように定義される。
“カントリー・ミュージック(Country Music)とは、アメリカ合衆国南部で発祥した音楽である。 ヨーロッパの伝統的な民謡やケルト音楽などが、スピリチュアルやゴスペルなど霊歌・賛美歌の影響を受けて1930年代に成立した。”
ところがこのカントリーミュージック、日本では一部の時代を除き、すこぶる人気が無い。
カントリーミュージックが日本で人気があった時代とはロカビリーが盛んな時代、そう、ミッキーカーチスや尾藤イサオが日劇ウエスタンカーニバルでロカビリーをやっていたころ、50年代後半から60年代前半にかけ、日本人がアメリカへの憧れをもっとも強く持っていた時代である。当時の日本人には、カントリーはロカビリーの一部だったようだ。ロカビリーそのものも、黒人音楽のロックンロールとカントリーミュージックを含む白人音楽のヒルビリーが融合して生まれた言葉である。従って今日に於ける日本でのカントリーミュージックの愛好家は、比較的熟年層に多い。
ではアメリカ以外ではカントリーはどうなのかというと、アメリカと同じような歴史を持つ新世界、カナダやオーストラリアでは大変人気があり、ヨーロッパではカントリーのルーツミュージックを持つイギリスで非常に人気がある。
カントリーミュージックが日本で人気が出ない背景には、カントリー=田舎、という泥臭いイメージや、カウボーイといった今や洗練されていない過去の遺物的イメージを抱かれるからだろう。
しかしカントリーミュージックとは、要するに、歴史を持たないアメリカと言う国に流入した様々な移民(特にイギリス、アイルランド系)達が作り出した、アメリカ独自のお国の音楽と言う意味である。
カントリー=田舎、では無く、カントリー=お国だったのだ。
それに上記の定義によれば、カントリーミュージックが固定されたのは1930年代の事であり、その時代はもうすでに、腰に銃を下げたカウボーイもいないし、泥にまみれて働く農民もいないのである。
カントリーミュージックはヨーロッパからの移民がもたらした民族音楽により形成されてきたため、長く白人のためだけの音楽であった事は否定できない。
しかし今日においては、黒人やヒスパニック系のカントリーミュージシャンも多く見受けられるようになり、黒人はブルースやR&Bの要素を加えてみたり、ヒスパニック系はラテンのテイストを加えてみたりと、カントリーミュージックも極めて多様化している。2ビートでアコースティックギターやバンジョーの早引きを行うカントリーミュージックの一般的なイメージはとっくの昔に崩壊していたのだ。
無論、ロックの要素も早くから取り入れられており(というか、ロックの元祖、エルビス・プレスリーも元はカントリーシンガーである)特にその傾向は70年代以降顕著となる。イーグルスの登場がその引き金となった。
元来カントリー系であったアーティスト達が結成したイーグルスは、カントリー界にも大きな影響を与えた。今日ではイーグルスの亜流のようなカントリーバンドは数多く存在する。カントリーの定義も今や完全に曖昧となっている。
もっとも、アコースティックで、ヨーデルをベースに持つ独特な発声方法(ホンキートンク唱法)による、伝統的なカントリーも未だ不滅だが、現在に於けるカントリーは、かつてのようにウッドベースやフィドル(バイオリン)、バンジョーを使ったものではなく、ロックバンドと全く同じエレクトリック楽器で演奏されるものがほとんどで、稀に曲によってはフィドルが効果的に使われている。歌詞も家族愛や自然の美しさ、或はブルースのように労働の辛さ、ゴスペルのような宗教的なことについて歌われているのは以前とほとんど変わらないが、THE BLACKSのように、まるでデスメタルのようなドロドロした歌詞のカントリーも存在する。
ところで、表題にもあるように、カントリーミュージックは意外と高音質録音が多い。
日本で紹介されることが少ない事もあり、オーディオの世界でもあまり知られてはいないが、オーディオショップのみで流通するオムニバス形式のハイクオリティCDには、Alison KraussやTish Hinojosaなどのカントリーミュージシャンが良く登場する。(ちなみにAlison Kraussはドイツ系アメリカ人、Tish Hinojosaはもろにメキシコ人である)
カントリーミュージックのほとんどは、テネシー州ナッシュビルにある録音スタジオにて録られたものである。ナッシュビル以外のレーベルからの発売は少なく、その際にはこれをカントリーに類属させるかどうかが議論になるほどである。
そのナッシュビル系の録音スタジオは、どこも音質には力を入れており、ナチュラルでアコースティックでアナログ的な、カントリーミュージックの特質を良く捉えた録音を行っているようである。
今回ご紹介するCDは共に90年代のものだが、音質のみならず、音楽的にも全く田舎臭さが無く、むしろ洗練された都会的雰囲気を持つカントリーである。カーオーディオ愛好家に敬意を表して女性ボーカルを紹介する。

Mary Chapin Carpenter “Come On Come On"
音質 9.5
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 9.8
Amazonjp
92年のグラミー賞カントリー部門を受賞した、メアリー・チェイピン・カーペンターのヒット作。アナログマスター。
録音は古いが、音質は良く、これをデモに使っているオーディオ屋さんもあるようだ。
社会で活躍する女性の心理を歌にしたものが多く、トラック1の“The Herd Way”などはその典型。
Joe Diffieとのデュエット、“Not Too Much To Ask”は「期待しすぎて何も話せなくなってしまった」という、すれ違いの感情を歌にしている。
録音の音質はやや硬質だが、フォークシンガー出身であるメアリーチェイピンの声質にもよくマッチし、声帯の振動感が明瞭で音のエッジがたっている。

Trisha Yearwood “Hearts In Armor"
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.6
録音の趣 9.8
Amazonjp
アトランタオリンピックの開会式でアメリカ国家を歌っていたのがこのお姉さん。92年の作品。
歌唱方法は典型的なホンキートンク唱法なのだが、曲調はポップで。アメリカンロックのテイストがたっぷり。
音質はソフトで聞きやすく、上のメアリーチャイピンのCDとは好対照。
ベス・ニールセン・チャップマンやゲイリー・ハリソンなどの、ポップ、フォークシンガーの曲を多く歌っている。
このCDを聴いて、カントリーが田舎臭いなどという人は、よもやいないだろう。
“カントリー・ミュージック(Country Music)とは、アメリカ合衆国南部で発祥した音楽である。 ヨーロッパの伝統的な民謡やケルト音楽などが、スピリチュアルやゴスペルなど霊歌・賛美歌の影響を受けて1930年代に成立した。”
ところがこのカントリーミュージック、日本では一部の時代を除き、すこぶる人気が無い。
カントリーミュージックが日本で人気があった時代とはロカビリーが盛んな時代、そう、ミッキーカーチスや尾藤イサオが日劇ウエスタンカーニバルでロカビリーをやっていたころ、50年代後半から60年代前半にかけ、日本人がアメリカへの憧れをもっとも強く持っていた時代である。当時の日本人には、カントリーはロカビリーの一部だったようだ。ロカビリーそのものも、黒人音楽のロックンロールとカントリーミュージックを含む白人音楽のヒルビリーが融合して生まれた言葉である。従って今日に於ける日本でのカントリーミュージックの愛好家は、比較的熟年層に多い。
ではアメリカ以外ではカントリーはどうなのかというと、アメリカと同じような歴史を持つ新世界、カナダやオーストラリアでは大変人気があり、ヨーロッパではカントリーのルーツミュージックを持つイギリスで非常に人気がある。
カントリーミュージックが日本で人気が出ない背景には、カントリー=田舎、という泥臭いイメージや、カウボーイといった今や洗練されていない過去の遺物的イメージを抱かれるからだろう。
しかしカントリーミュージックとは、要するに、歴史を持たないアメリカと言う国に流入した様々な移民(特にイギリス、アイルランド系)達が作り出した、アメリカ独自のお国の音楽と言う意味である。
カントリー=田舎、では無く、カントリー=お国だったのだ。
それに上記の定義によれば、カントリーミュージックが固定されたのは1930年代の事であり、その時代はもうすでに、腰に銃を下げたカウボーイもいないし、泥にまみれて働く農民もいないのである。
カントリーミュージックはヨーロッパからの移民がもたらした民族音楽により形成されてきたため、長く白人のためだけの音楽であった事は否定できない。
しかし今日においては、黒人やヒスパニック系のカントリーミュージシャンも多く見受けられるようになり、黒人はブルースやR&Bの要素を加えてみたり、ヒスパニック系はラテンのテイストを加えてみたりと、カントリーミュージックも極めて多様化している。2ビートでアコースティックギターやバンジョーの早引きを行うカントリーミュージックの一般的なイメージはとっくの昔に崩壊していたのだ。
無論、ロックの要素も早くから取り入れられており(というか、ロックの元祖、エルビス・プレスリーも元はカントリーシンガーである)特にその傾向は70年代以降顕著となる。イーグルスの登場がその引き金となった。
元来カントリー系であったアーティスト達が結成したイーグルスは、カントリー界にも大きな影響を与えた。今日ではイーグルスの亜流のようなカントリーバンドは数多く存在する。カントリーの定義も今や完全に曖昧となっている。
もっとも、アコースティックで、ヨーデルをベースに持つ独特な発声方法(ホンキートンク唱法)による、伝統的なカントリーも未だ不滅だが、現在に於けるカントリーは、かつてのようにウッドベースやフィドル(バイオリン)、バンジョーを使ったものではなく、ロックバンドと全く同じエレクトリック楽器で演奏されるものがほとんどで、稀に曲によってはフィドルが効果的に使われている。歌詞も家族愛や自然の美しさ、或はブルースのように労働の辛さ、ゴスペルのような宗教的なことについて歌われているのは以前とほとんど変わらないが、THE BLACKSのように、まるでデスメタルのようなドロドロした歌詞のカントリーも存在する。
ところで、表題にもあるように、カントリーミュージックは意外と高音質録音が多い。
日本で紹介されることが少ない事もあり、オーディオの世界でもあまり知られてはいないが、オーディオショップのみで流通するオムニバス形式のハイクオリティCDには、Alison KraussやTish Hinojosaなどのカントリーミュージシャンが良く登場する。(ちなみにAlison Kraussはドイツ系アメリカ人、Tish Hinojosaはもろにメキシコ人である)
カントリーミュージックのほとんどは、テネシー州ナッシュビルにある録音スタジオにて録られたものである。ナッシュビル以外のレーベルからの発売は少なく、その際にはこれをカントリーに類属させるかどうかが議論になるほどである。
そのナッシュビル系の録音スタジオは、どこも音質には力を入れており、ナチュラルでアコースティックでアナログ的な、カントリーミュージックの特質を良く捉えた録音を行っているようである。
今回ご紹介するCDは共に90年代のものだが、音質のみならず、音楽的にも全く田舎臭さが無く、むしろ洗練された都会的雰囲気を持つカントリーである。カーオーディオ愛好家に敬意を表して女性ボーカルを紹介する。

Mary Chapin Carpenter “Come On Come On"
音質 9.5
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 9.8
Amazonjp
92年のグラミー賞カントリー部門を受賞した、メアリー・チェイピン・カーペンターのヒット作。アナログマスター。
録音は古いが、音質は良く、これをデモに使っているオーディオ屋さんもあるようだ。
社会で活躍する女性の心理を歌にしたものが多く、トラック1の“The Herd Way”などはその典型。
Joe Diffieとのデュエット、“Not Too Much To Ask”は「期待しすぎて何も話せなくなってしまった」という、すれ違いの感情を歌にしている。
録音の音質はやや硬質だが、フォークシンガー出身であるメアリーチェイピンの声質にもよくマッチし、声帯の振動感が明瞭で音のエッジがたっている。

Trisha Yearwood “Hearts In Armor"
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.6
録音の趣 9.8
Amazonjp
アトランタオリンピックの開会式でアメリカ国家を歌っていたのがこのお姉さん。92年の作品。
歌唱方法は典型的なホンキートンク唱法なのだが、曲調はポップで。アメリカンロックのテイストがたっぷり。
音質はソフトで聞きやすく、上のメアリーチャイピンのCDとは好対照。
ベス・ニールセン・チャップマンやゲイリー・ハリソンなどの、ポップ、フォークシンガーの曲を多く歌っている。
このCDを聴いて、カントリーが田舎臭いなどという人は、よもやいないだろう。
ドライビングに良く合うクラシック (1)
ある音楽関係(CD販売関連)の方に聞いた事がある。
「クラシックを聴く人の人口は、微増減はあれ、概ね一定している。」
なるほど、CDショップのクラシックコーナーも、ここ十数年棚の大きさは変わっていないように思える。
しかしながら、やはり流行と言うものはあるらしく、昨年はモーツアルトの生誕250周年だったためにモーツアルトが良く売れ、何年か前に小澤征爾がウイーンフィルのニューイヤーコンサートを振ったときは、そのCDが異様に売れた事、また平原綾香がホルストの木星のメロディーにオリジナル歌詞を付けて歌ったときには組曲惑星が良く売れたそうである。
また、クラシックファンはオーディオファンと共通している確率が高い。
翻ってカーオーディオユーザーではどうかというと、クラシックを車内で愛好している人は極端に少ない。ホームのオーディオマニアの好む音楽と共通しているのはジャズくらいで、それもほとんどのカーオーディオファンはヴォーカル入りしか聴かない。それも女性ヴォーカル。カーオーディオファンには真性スケベが多いのである。(私も多分に例外ではない)
勿論、全てのカーオーディオファンがそうであるとステレオタイプに切って捨てることは出来ない。中にはクラシックを愛好するカーオーディオファンも少なからず存在する。
私も車内でよくクラシックを聴く方だと思う。
それにしてもなぜカーオーディオファンがあまり車室内でクラシックを聴かないのだろうか、ここからは私の持論に過ぎないが、クラシックはイマジネーションの世界だからというのがその理由なのではないだろうか。
そもそもクラシックは数百年前の人間が見たり感じたりした事を音符に現したものである。現代人の感覚からは少々乖離していても仕方が無い。それでも目をつぶって音楽を感じながら、数百年前の人間が感じた事を、現代の感覚でも共有できる部分を探りながら聴く事により、時代を超越した人間本来の感覚、人類が誕生して以来、変わる事のない本来の人間性の部分で共感し感動するわけである。したがってイマジネーションが大切と言う事になるわけだ。しかもそこに理屈はない。言葉がわからずとも、音が判らずとも、自分が聴いて感動できるかどうかにかかっているわけだが、更にクラシックの作曲者はリスナーに、感動を感じ取るための能力をも要求している。つまりクラシックはどれだけたくさん聴き込むかによってその感動の度合いが変わってくるというわけだ。それがクラシックをより敷居の高いものにしている原因なのかもしれない。
イマジネーションを探るのに、ホームオーディオならば、自宅のリビングでゆったりとした椅子に座り、寛いだ環境で聴けば、忙しい日常では感じ取れなかった感動を覚える事ができるだろう。しかし車ではそうは行かない。
車は日常の喧騒そのもので、忙しい現代人の、生活のリズムの中に置かれては、クラシックも邪魔以外の何者でもない。リズムが異なる音楽は不協和音のようなものとなる。これがカーオーディオであまりクラシックを聴かれない原因なのではないだろうか。
では、車の中でクラシックを楽しむにはどうしたらよいか、或は車の中で楽しめるクラシックはどのような音楽を選べばよいのか、私は以下の二点のポイントがあるように思う。
1、現代人の感覚でもスムースに理解できる曲を選ぶ。
2、現代人のリズム、テンポに合った曲を選ぶ。
1の代表的なものは景観である。数百年前と現代とでは、最も変わったといえるのが都市の景観だろう。従って街中のドライブにクラシックはあまり向かないと思う。いいのは自然の中だろう。無論クラシックの中心であるヨーロッパと日本の自然の景観は異なるだろうが、数百年前の作曲家がヨーロッパの自然の情景を見て感じた心象を、日本の自然の中で共有する事は十分可能である。また後期クラシックの、いわゆる国民学派といわれた人たちのナショナリズムや、哲学的志向は、現代の都会の中にあっても、十分に理解、共感できるものであると考える。
2はゆったりとしたイメージではドライビングにには向かないという事である。しかしながら、ただ単にテンポが遅いとか早いとかではない。スローテンポな曲はジャズにもロックにも存在し、それがドライビングに合わないとは決して言えない。遅いテンポでも、その中にふんだんに音数があれば、それは現代人のテンポにも良く合うと思えるからだ。
という訳で、長くなってしまったので、カーオーディオに良く合う(と私が思っている)クラシックを一枚紹介しよう。

ベートーヴェン交響曲第5番「運命」交響曲第6番「田園」
ジョス・ファン・インマゼール指揮 アニマ・エテルナ
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.8
クラシックにしては随分現代的なジャケットデザインである。
音質はクラシックでは標準的な高音質。古典楽器の響きが素晴らしい名録音である。
指揮者のインマゼールはライナーノーツでこう語っている。
「もっとも驚くべき事は、エネルギーを生み出すベートーヴェンの信じられないほどの能力であろう。このエネルギーは純粋なもので、否定的攻撃的力はない。このエネルギーによって『田園』で肥沃な美の中にある自然が形を成し、第5番では勝利とドラマが形をなす。私たちは、今日、このエネルギーを受け取り、感じる事ができる事に、深く感謝している。」
このインマゼールという指揮者、一般に耳なじみがあるほど有名ではないが、只者ではない。
現に私がこれまで聴いたベートーヴェンの交響曲の中では、彼の演奏が最高だと思っている。
このCDについてだが、もう聞き飽きるほど録音されつくした感のあるベートーヴェンの交響曲である。しかしこのCDを特に新鮮に感じるのは、その特異な演奏方法にあるだろう。
演奏しているアニマ・エテルナというオーケストラは、ベートーヴェンの活躍した時代と同じ楽器(古楽器)を用い、完全に同じ配置で演奏する、いわゆる「ピリオド奏法」で演奏するオーケストラなのである。
ピリオド奏法は昨年のモーツアルトイヤーから採用する楽団も現れ、広く一般的に知られるようにもなったが、本作は2000年の発売である。モーツアルトで流行る前からピリオド奏法を取り入れていたこだわりの演奏といえよう。
古典楽派の時代の楽器が現代のものと比べて優れているというわけではない。しかしインマゼールがライナーノーツの中で語っているように、ベートーヴェンならではのドラマ、或はファンタジーを聴き取るためには、ピリオド奏法はより適していると思えるのだ。
第6番「田園」の第一楽章には『田園に着いたときの楽しい感情の目覚め』という副題がある。
当時の交通手段は馬車である。従ってベートーベンが馬車に乗って田舎に到着したイメージを音楽で表現するのに、巨匠クラスの指揮者の演奏では異様にテンポが遅いものも少なくない。しかしインマゼールの演奏は決して遅くなく、それでいて早すぎる事もない。丁度ワインディングロードを走る車のフロントウインドウに写る木漏れ日の影、そのリズムに抜群にあっている。しかもこの上なく自然描写に長けた楽曲である。
これからの行楽シーズン、このCDを携えて紅葉めぐりに行くのもいいかもしれない。
反対に第5番「運命」は都会的。インマゼールはここでも抜群の現代的感覚で演奏を聴かせてくれている。
次々に進む都市計画、新しく誕生した電信柱の無い広い道路を、この曲を携えてドライブする。これまでにない新鮮な感覚を与えてくれるだろう。
インマゼール、古楽器を用い、現代感覚を持って演奏する指揮者。カーオーディオ好きは覚えていて損はない名前である。
Amazonjp
「クラシックを聴く人の人口は、微増減はあれ、概ね一定している。」
なるほど、CDショップのクラシックコーナーも、ここ十数年棚の大きさは変わっていないように思える。
しかしながら、やはり流行と言うものはあるらしく、昨年はモーツアルトの生誕250周年だったためにモーツアルトが良く売れ、何年か前に小澤征爾がウイーンフィルのニューイヤーコンサートを振ったときは、そのCDが異様に売れた事、また平原綾香がホルストの木星のメロディーにオリジナル歌詞を付けて歌ったときには組曲惑星が良く売れたそうである。
また、クラシックファンはオーディオファンと共通している確率が高い。
翻ってカーオーディオユーザーではどうかというと、クラシックを車内で愛好している人は極端に少ない。ホームのオーディオマニアの好む音楽と共通しているのはジャズくらいで、それもほとんどのカーオーディオファンはヴォーカル入りしか聴かない。それも女性ヴォーカル。カーオーディオファンには真性スケベが多いのである。(私も多分に例外ではない)
勿論、全てのカーオーディオファンがそうであるとステレオタイプに切って捨てることは出来ない。中にはクラシックを愛好するカーオーディオファンも少なからず存在する。
私も車内でよくクラシックを聴く方だと思う。
それにしてもなぜカーオーディオファンがあまり車室内でクラシックを聴かないのだろうか、ここからは私の持論に過ぎないが、クラシックはイマジネーションの世界だからというのがその理由なのではないだろうか。
そもそもクラシックは数百年前の人間が見たり感じたりした事を音符に現したものである。現代人の感覚からは少々乖離していても仕方が無い。それでも目をつぶって音楽を感じながら、数百年前の人間が感じた事を、現代の感覚でも共有できる部分を探りながら聴く事により、時代を超越した人間本来の感覚、人類が誕生して以来、変わる事のない本来の人間性の部分で共感し感動するわけである。したがってイマジネーションが大切と言う事になるわけだ。しかもそこに理屈はない。言葉がわからずとも、音が判らずとも、自分が聴いて感動できるかどうかにかかっているわけだが、更にクラシックの作曲者はリスナーに、感動を感じ取るための能力をも要求している。つまりクラシックはどれだけたくさん聴き込むかによってその感動の度合いが変わってくるというわけだ。それがクラシックをより敷居の高いものにしている原因なのかもしれない。
イマジネーションを探るのに、ホームオーディオならば、自宅のリビングでゆったりとした椅子に座り、寛いだ環境で聴けば、忙しい日常では感じ取れなかった感動を覚える事ができるだろう。しかし車ではそうは行かない。
車は日常の喧騒そのもので、忙しい現代人の、生活のリズムの中に置かれては、クラシックも邪魔以外の何者でもない。リズムが異なる音楽は不協和音のようなものとなる。これがカーオーディオであまりクラシックを聴かれない原因なのではないだろうか。
では、車の中でクラシックを楽しむにはどうしたらよいか、或は車の中で楽しめるクラシックはどのような音楽を選べばよいのか、私は以下の二点のポイントがあるように思う。
1、現代人の感覚でもスムースに理解できる曲を選ぶ。
2、現代人のリズム、テンポに合った曲を選ぶ。
1の代表的なものは景観である。数百年前と現代とでは、最も変わったといえるのが都市の景観だろう。従って街中のドライブにクラシックはあまり向かないと思う。いいのは自然の中だろう。無論クラシックの中心であるヨーロッパと日本の自然の景観は異なるだろうが、数百年前の作曲家がヨーロッパの自然の情景を見て感じた心象を、日本の自然の中で共有する事は十分可能である。また後期クラシックの、いわゆる国民学派といわれた人たちのナショナリズムや、哲学的志向は、現代の都会の中にあっても、十分に理解、共感できるものであると考える。
2はゆったりとしたイメージではドライビングにには向かないという事である。しかしながら、ただ単にテンポが遅いとか早いとかではない。スローテンポな曲はジャズにもロックにも存在し、それがドライビングに合わないとは決して言えない。遅いテンポでも、その中にふんだんに音数があれば、それは現代人のテンポにも良く合うと思えるからだ。
という訳で、長くなってしまったので、カーオーディオに良く合う(と私が思っている)クラシックを一枚紹介しよう。

ベートーヴェン交響曲第5番「運命」交響曲第6番「田園」
ジョス・ファン・インマゼール指揮 アニマ・エテルナ
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.8
クラシックにしては随分現代的なジャケットデザインである。
音質はクラシックでは標準的な高音質。古典楽器の響きが素晴らしい名録音である。
指揮者のインマゼールはライナーノーツでこう語っている。
「もっとも驚くべき事は、エネルギーを生み出すベートーヴェンの信じられないほどの能力であろう。このエネルギーは純粋なもので、否定的攻撃的力はない。このエネルギーによって『田園』で肥沃な美の中にある自然が形を成し、第5番では勝利とドラマが形をなす。私たちは、今日、このエネルギーを受け取り、感じる事ができる事に、深く感謝している。」
このインマゼールという指揮者、一般に耳なじみがあるほど有名ではないが、只者ではない。
現に私がこれまで聴いたベートーヴェンの交響曲の中では、彼の演奏が最高だと思っている。
このCDについてだが、もう聞き飽きるほど録音されつくした感のあるベートーヴェンの交響曲である。しかしこのCDを特に新鮮に感じるのは、その特異な演奏方法にあるだろう。
演奏しているアニマ・エテルナというオーケストラは、ベートーヴェンの活躍した時代と同じ楽器(古楽器)を用い、完全に同じ配置で演奏する、いわゆる「ピリオド奏法」で演奏するオーケストラなのである。
ピリオド奏法は昨年のモーツアルトイヤーから採用する楽団も現れ、広く一般的に知られるようにもなったが、本作は2000年の発売である。モーツアルトで流行る前からピリオド奏法を取り入れていたこだわりの演奏といえよう。
古典楽派の時代の楽器が現代のものと比べて優れているというわけではない。しかしインマゼールがライナーノーツの中で語っているように、ベートーヴェンならではのドラマ、或はファンタジーを聴き取るためには、ピリオド奏法はより適していると思えるのだ。
第6番「田園」の第一楽章には『田園に着いたときの楽しい感情の目覚め』という副題がある。
当時の交通手段は馬車である。従ってベートーベンが馬車に乗って田舎に到着したイメージを音楽で表現するのに、巨匠クラスの指揮者の演奏では異様にテンポが遅いものも少なくない。しかしインマゼールの演奏は決して遅くなく、それでいて早すぎる事もない。丁度ワインディングロードを走る車のフロントウインドウに写る木漏れ日の影、そのリズムに抜群にあっている。しかもこの上なく自然描写に長けた楽曲である。
これからの行楽シーズン、このCDを携えて紅葉めぐりに行くのもいいかもしれない。
反対に第5番「運命」は都会的。インマゼールはここでも抜群の現代的感覚で演奏を聴かせてくれている。
次々に進む都市計画、新しく誕生した電信柱の無い広い道路を、この曲を携えてドライブする。これまでにない新鮮な感覚を与えてくれるだろう。
インマゼール、古楽器を用い、現代感覚を持って演奏する指揮者。カーオーディオ好きは覚えていて損はない名前である。
Amazonjp
EGOの系譜たち
前回、エゴ・ラッピンについて語らせていただいた。
その延長線上で今回はエゴと同じようなアーティストを紹介しよう。
エゴと同じと言っても皆極度に個性的なわけだから全く同じであるはずはない。
要するにエゴが楽しめる人ならこんなのも楽しめるであろうと思われるものを列挙してみる事にする。
ただしジャズをベースとしたものが多いが、一般的にジャズボーカリストといわれる部類は除外する。
あくまでジャズやその他のエスニックな音楽の要素を取り入れたオリジナル作品で日本語歌詞、
いわゆるJ-POPに属するアーティストたちだ。
まずはこちらから

A.S.P
音質 8.8
音楽としての楽しさ 9.4
録音の趣 9.6
A.S.PとはAssociate Social Pianoの略であるらしい。ヴォーカルの"AZU"を中心としたユニットで、ジャズがベースにあるようだが、サルサやサンバなどのラテン系リズムを全面に打ち出している。
AZUの歌い方も、イントネーションや巻き舌などを駆使し、ラテン系言語の発音のように聞かせているところは曲の雰囲気作りとしても好ましいところ。
録音は一発録りと言っているわりには音はあまり良くない。ヴォーカルに独特のエフェクトがかけてあることがそう感じてしまう原因だろう。バックの演奏はまぁまぁ良い音で録られている。
ただしその音のチープさが、独特の乾いた感じを良く現していて、趣としては非常によくマッチしていると思う。楽しめる一枚だ。
こいつはどういうわけかAmazonで検索しにくいのでリンクを貼っておく。
Amazon.jp

小島麻由美 “My Name is Blue”
音質 9.0
音楽としての楽しさ 9.3
録音の趣 9.4
小島麻由美は1995年にデビュー、アルバムも結構な枚数リリースしているようである。
彼女のベースはスイングであり、この系等の他のアーティストよりもラテン色は少ないと感じる。
反面、フレンチポップスからの影響は大きいようだ。
歌い方は昭和歌謡的であり、この辺りはエゴとも共通するが、歌詞はよりシュールで女の子の心象風景を歌ったものも多い。
この作品、My Name is Blueは彼女の飼い猫、「ブルー」について描かれたコンセプトアルバムである。自分の飼い猫にブルーと名付ける辺りが小島麻由美の独特のセンスをよく現していると思われるが、音質については、この人のアルバムは全体を通じて比較的良い。

高田みち子 “Talea Dream"
音質 9.3
音楽としての楽しさ 9.5
録音の趣 9.3
ジャケットの“かわいらしさ”とはかけ離れた“大人の女の声”である。
まず声が抜群にいい!完全にジャズをベースとしたオリジナルで、シンガーソングライター。そして非常に良い曲ばかりである。ソングライティングの才能は相当に高いと思える。
曲調はスローテンポからミドルテンポが多い。
いわゆるジャズシンガーではないが、発売レーベルは「ソニージャズ」。バックを固めるミュージシャンも国内ジャズのトップアーティストばかり。
こういう良質の日本語オリジナルジャズがもっとたくさん出てきて欲しいと思う。
録音も普通のジャズCD並みで比較的良いといえる。

勝手にしやがれ “デカダンス・ピエロ”
音質 8.8
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 9.1
でました!勝手にしやがれ。
私は大好きである。
本来なら彼らについてもっとこってり描きたいところだが、残念ながらまだそこまで彼らについて知らないし、ライブにもまだ行ったことがない。
まず名前がいい。セックスピストルズのタイトル、ゴダールの映画、沢田研二の歌などに用いられているのと同じ名前。
曲調はジャズ、スイング、ブルースを基調としながら、歌い方が完全にパンク。それがまた妙にマッチングし、独特の世界観を表している。アップテンポで踊りやすい曲が多く、ライブではさぞかし乱痴気騒ぎとなるであろうことが容易に想像される。
メンバーはリーダー武藤昭平 (Ds/Vo)、田中 和(Tp) 、福島 忍 (Tb)、浦野正樹(B) 、田浦健(T/Sax) 、飯島 誓(B/Sax) 、斉藤淳一郎(Pf)。1997年から活動を開始した。
意外な事にメンバーの中にギターがいない。しかし曲調を考えるとギターレスでも問題ないだろう。
写真の“デカダンス・ピエロ”は、彼らのアルバムの中でも私のもっともお気に入り。
音質がもう少し良いと完璧なのだが、全体がごちゃごちゃっとした録音は彼らの楽曲に良く合っていると思う。

Ganga Zumba "Discotique"
音質 9.2
音楽としての楽しさ 9.5
録音の趣 8.9
最近お気に入りとなったバンドGanga Zumba、本作は7曲入りミニアルバム。
THE BOOMの宮沢和史を中心に結成されたバンドで、高野寛、マルコス・スザーノなど、国籍も言語も音楽的バックグラウンドも異なる個性派ミュージシャンたち10人によるバンド。海外でも積極的に講演を行っているらしく、メンバーは、宮沢和史(ボーカル)、宮川剛(ドラム)、マルコス・スザーノ(パーカッション)、今福 "HOOK" 健司(パーカッション)、tatsu(ベース)、高野寛(ギター)、フェルナンド・モウラ(キーボード)、土屋玲子(バイオリン・二胡)、ルイス・バジェ(トランペット)、クラウディア大城(ボーカル)。
これまで紹介したアーティストがジャズをベースに持つのに対し、 Ganga Zumba のベースには80年代〜90年代のロックがあり、それにジャズやブルース、或はスカやラテンといったテイストを加えて仕上がっており、特に本作では70年代ソウルミュージックのテイストをモロに感じる曲もある。
2005年ごろより、ノンジャンルなアーティストのセッションとしてスタートしたが、2006年より正式にGanga Zumba (ガンガ・ズンバ)を名乗り、活動を開始した比較的新しいバンドである。
音質はそこそこ良いがクール系。もっと暑い感じの音だったら趣もより良かっただろうなと思う。
2007年に発売したファーストアルバム「UM」も買ってみたが、こちらはもっと素晴らしかった。
最後にコレまでご紹介したアーティストとはちょっと異なるものをご紹介しよう。

CAMEL “Gang of The Ska”
音質 8.8
音楽としての楽しさ 9.6
録音の趣 8.7
これまでご紹介した系譜からは外れるが、国産のピュアなスカバンドである。
これを取り上げた理由はエゴが好きな人ならば楽しむ事が出来るであろうと思われるからだ。
CAMELという名前はアメリカのロックバンドと同じであるため、検索しにくい。したがってコレもリンクを貼っておく。
ヘヴィローテーションでずっと聴き続けたい、本当にかっこいいスカである。
TOWERJP
その延長線上で今回はエゴと同じようなアーティストを紹介しよう。
エゴと同じと言っても皆極度に個性的なわけだから全く同じであるはずはない。
要するにエゴが楽しめる人ならこんなのも楽しめるであろうと思われるものを列挙してみる事にする。
ただしジャズをベースとしたものが多いが、一般的にジャズボーカリストといわれる部類は除外する。
あくまでジャズやその他のエスニックな音楽の要素を取り入れたオリジナル作品で日本語歌詞、
いわゆるJ-POPに属するアーティストたちだ。
まずはこちらから

A.S.P
音質 8.8
音楽としての楽しさ 9.4
録音の趣 9.6
A.S.PとはAssociate Social Pianoの略であるらしい。ヴォーカルの"AZU"を中心としたユニットで、ジャズがベースにあるようだが、サルサやサンバなどのラテン系リズムを全面に打ち出している。
AZUの歌い方も、イントネーションや巻き舌などを駆使し、ラテン系言語の発音のように聞かせているところは曲の雰囲気作りとしても好ましいところ。
録音は一発録りと言っているわりには音はあまり良くない。ヴォーカルに独特のエフェクトがかけてあることがそう感じてしまう原因だろう。バックの演奏はまぁまぁ良い音で録られている。
ただしその音のチープさが、独特の乾いた感じを良く現していて、趣としては非常によくマッチしていると思う。楽しめる一枚だ。
こいつはどういうわけかAmazonで検索しにくいのでリンクを貼っておく。
Amazon.jp

小島麻由美 “My Name is Blue”
音質 9.0
音楽としての楽しさ 9.3
録音の趣 9.4
小島麻由美は1995年にデビュー、アルバムも結構な枚数リリースしているようである。
彼女のベースはスイングであり、この系等の他のアーティストよりもラテン色は少ないと感じる。
反面、フレンチポップスからの影響は大きいようだ。
歌い方は昭和歌謡的であり、この辺りはエゴとも共通するが、歌詞はよりシュールで女の子の心象風景を歌ったものも多い。
この作品、My Name is Blueは彼女の飼い猫、「ブルー」について描かれたコンセプトアルバムである。自分の飼い猫にブルーと名付ける辺りが小島麻由美の独特のセンスをよく現していると思われるが、音質については、この人のアルバムは全体を通じて比較的良い。

高田みち子 “Talea Dream"
音質 9.3
音楽としての楽しさ 9.5
録音の趣 9.3
ジャケットの“かわいらしさ”とはかけ離れた“大人の女の声”である。
まず声が抜群にいい!完全にジャズをベースとしたオリジナルで、シンガーソングライター。そして非常に良い曲ばかりである。ソングライティングの才能は相当に高いと思える。
曲調はスローテンポからミドルテンポが多い。
いわゆるジャズシンガーではないが、発売レーベルは「ソニージャズ」。バックを固めるミュージシャンも国内ジャズのトップアーティストばかり。
こういう良質の日本語オリジナルジャズがもっとたくさん出てきて欲しいと思う。
録音も普通のジャズCD並みで比較的良いといえる。

勝手にしやがれ “デカダンス・ピエロ”
音質 8.8
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 9.1
でました!勝手にしやがれ。
私は大好きである。
本来なら彼らについてもっとこってり描きたいところだが、残念ながらまだそこまで彼らについて知らないし、ライブにもまだ行ったことがない。
まず名前がいい。セックスピストルズのタイトル、ゴダールの映画、沢田研二の歌などに用いられているのと同じ名前。
曲調はジャズ、スイング、ブルースを基調としながら、歌い方が完全にパンク。それがまた妙にマッチングし、独特の世界観を表している。アップテンポで踊りやすい曲が多く、ライブではさぞかし乱痴気騒ぎとなるであろうことが容易に想像される。
メンバーはリーダー武藤昭平 (Ds/Vo)、田中 和(Tp) 、福島 忍 (Tb)、浦野正樹(B) 、田浦健(T/Sax) 、飯島 誓(B/Sax) 、斉藤淳一郎(Pf)。1997年から活動を開始した。
意外な事にメンバーの中にギターがいない。しかし曲調を考えるとギターレスでも問題ないだろう。
写真の“デカダンス・ピエロ”は、彼らのアルバムの中でも私のもっともお気に入り。
音質がもう少し良いと完璧なのだが、全体がごちゃごちゃっとした録音は彼らの楽曲に良く合っていると思う。

Ganga Zumba "Discotique"
音質 9.2
音楽としての楽しさ 9.5
録音の趣 8.9
最近お気に入りとなったバンドGanga Zumba、本作は7曲入りミニアルバム。
THE BOOMの宮沢和史を中心に結成されたバンドで、高野寛、マルコス・スザーノなど、国籍も言語も音楽的バックグラウンドも異なる個性派ミュージシャンたち10人によるバンド。海外でも積極的に講演を行っているらしく、メンバーは、宮沢和史(ボーカル)、宮川剛(ドラム)、マルコス・スザーノ(パーカッション)、今福 "HOOK" 健司(パーカッション)、tatsu(ベース)、高野寛(ギター)、フェルナンド・モウラ(キーボード)、土屋玲子(バイオリン・二胡)、ルイス・バジェ(トランペット)、クラウディア大城(ボーカル)。
これまで紹介したアーティストがジャズをベースに持つのに対し、 Ganga Zumba のベースには80年代〜90年代のロックがあり、それにジャズやブルース、或はスカやラテンといったテイストを加えて仕上がっており、特に本作では70年代ソウルミュージックのテイストをモロに感じる曲もある。
2005年ごろより、ノンジャンルなアーティストのセッションとしてスタートしたが、2006年より正式にGanga Zumba (ガンガ・ズンバ)を名乗り、活動を開始した比較的新しいバンドである。
音質はそこそこ良いがクール系。もっと暑い感じの音だったら趣もより良かっただろうなと思う。
2007年に発売したファーストアルバム「UM」も買ってみたが、こちらはもっと素晴らしかった。
最後にコレまでご紹介したアーティストとはちょっと異なるものをご紹介しよう。

CAMEL “Gang of The Ska”
音質 8.8
音楽としての楽しさ 9.6
録音の趣 8.7
これまでご紹介した系譜からは外れるが、国産のピュアなスカバンドである。
これを取り上げた理由はエゴが好きな人ならば楽しむ事が出来るであろうと思われるからだ。
CAMELという名前はアメリカのロックバンドと同じであるため、検索しにくい。したがってコレもリンクを貼っておく。
ヘヴィローテーションでずっと聴き続けたい、本当にかっこいいスカである。
TOWERJP
エゴ・ラッピン
エゴ・ラッピンが好きだ。
きっかけは月並みだが“くちばしにチェリー”を聴いてから。
ノリが良くてセンスが良くて、何よりも、スカ→スイング→スカ→スイング、と移り変わるリズムに、まるで英語の発音のような歌詞が乗っかってくるところがかっこよかった。
私ごときがエゴ・ラッピンの評価をどうこう言うのはおこがましいと思うが、ここは自分勝手に思い込みで書くと宣言したブログである。何よりもエゴ・ラッピンへの愛ゆえに、思いの丈を書かせていただこう。
エゴ・ラッピン(EGO-WRAPPIN')はヴォーカルの中納良恵とギターの森雅樹によるユニット。1996年から活動を開始し現在に至るまで10枚のアルバムをリリースしている。
詳細はオフィシャルHPにて、http://www.egowrappin.com/
EGOの音楽には基本としてジャズが存在し、それにシャンソン、ブルースからレゲエ、スカなど、あらゆるエスニックサウンドのテイストを加え、初期の一部を除き日本語歌詞で歌っている。
また、その日本語歌詞も、イントネーションが日本語らしくなく、意味を意識せずに聴くとどこか別の国の言葉のように聴こえてくるから不思議だ。
更にどの曲のどの断片を聴いても、どこか聴いたことがあるようなフレーズに聴こえるが、それでいてどこにも無いサウンドである。
「様々な音楽を吸収しながら、どこにも無い、オリジナルの音楽性を持つ」
エゴの音楽を語るならこの言葉がぴったりだと思う。

EGO-WRAPPIN "Night Food"
音質 9.1
音楽としての楽しさ 9.9
録音の趣 9.0
1曲目の“黒アリのマーチングバンド”から多国籍ムード満載である。
くちばしにチェリーは2曲目に収録されてる。
この曲でもっとも刺激的なのはそのリズム感。先にも書いたが、スカ→スイング→スカ→スイングと移り変わる。スイングは後ノリだがスカは前ノリである。つまり、リズムに合わせて頭を振るタイミングが異なるのである。歌詞もそれに合わせて、スカのリズムではアップビートな、スイングのときはナイショウ的なそれで語られている。録音の定位が通常の配置とは異なり。ドラムスが左端に定位し、それが却って抜群の存在感を現し、特に後半のフルートソロに於いてはドラムスとフルートによるスイングバトルのような展開となる。
その他の曲では“5月のクローバー”とか”PAPPAYA”などがお薦めだが、どれも捨て曲なしの名曲ばかりだと思う。特にトラック7の“老いぼれ犬のセレナーデ”はけだるいベースのイントロから始まり、終始けだるく、曲名が示すとおり、「老いぼれ犬」と「セレナーデ」と言う、決してアップビートには成り得ないものの表現を巧みに行っている。
このアルバムは様々な印象を持つ曲で構成されているが、アルバムとしてのイメージは一つに統合されているような感じがある。もしかしたら一つのコンセプトの元に作られているのかもしれない。
さて、くちばしにチェリーで始まったEGOファンではあったが、他のアルバムを聴くに連れ、EGOがNight Foodで私が受けた印象だけにとどまらず、多彩な音楽性を持つバンドである事に気付かされる。

色彩のブルース
音質 8.9
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 8.3
くちばしにチェリーよりも先に彼らのヒット曲となった“色彩のブルース”を挿入した5曲入りミニアルバム。多方面で語られているように、昭和キャバレー歌謡の雰囲気がぷんぷんするアルバムである。残念な事に録音ももっとその雰囲気に合わせてくれればよかったのにと思う。
色彩のブルースの歌い方はくちばしにチェリーとは全く違う。声が似た別人が歌っているようだ。
彼らの楽曲はEGO-WRAPPINという一つのスタイルがあって、それが幾通りにも解釈され、様々なイメージで表現されながらも、基本となるコンセプトからはぶれない。そんなバンドの姿勢が伝わってくるようだ。

満ち汐のロマンス
音質 8.8
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 8.9
このアルバムは全体を通してよりジャジーな雰囲気。
印象的なサックスのイントロで始まる“かつて..。”はEGOの曲の中でも私の大好きな曲の一つである。ハイテンポで発狂的でお祭りの喧騒のような“サイコアナルシス”。フレンチポップスのようなCrazy Fruitsとおしゃれでテンポの良いナンバーが続いている。最高のドライブミュージックなのではないだろうか。

Swing For Joy
音質 9.2
音楽としての楽しさ 9.1
録音の趣 9.5
この5曲いりミニアルバムは、もっともアナログ的な音作りがなされているような感じがする。
もっともEGOはCDだけでなく、アナログビニール盤も数多くリリースしている。
このアルバムはスイングを中心としてレゲエ、カリビアンなどのテイストがあり、夏場に聞きたくなる音である。

Merry Merry
音質 9.5
音楽としての楽しさ 9.3
録音の趣 9.4
フルアルバムとしてはもっとも新しい。EGOのアルバムの中では比較的音質が良い。というよりも、このアルバムから音質が変わった。曲調もより内向きとなり、シュールで前衛的でもある。
これまでの表現方法から脱却したいという、メンバーの気持ちの表れなのだろうか、既存のファンには受け入れにくいかもしれないが、私はこの方向性は好ましいと感じている。
例えるなら、現代的で洗練されたケイト・ブッシュといった感じか・・・・!?
これまでEGOにはあまり感じられなかったロックのテイストも感じられる。
このアルバムの中ではトラック5の“カサヴェテス”と9の“憐れみのプレリュード”が好きだ。
時間が無いので紹介だけに留めるが、最新シングルのGo Actionは、Merry Merryの路線を踏襲しながら、より日本的でノスタルジックな雰囲気に仕上がっている。
やはり方向転換なのだろうか。
だとすればよりシュールに、より幻想的に、内向きの心象表現を洗練された形で音楽に表してほしいと願う。
これからもEGO-WRAPPIN'と付き合っていこう。
きっかけは月並みだが“くちばしにチェリー”を聴いてから。
ノリが良くてセンスが良くて、何よりも、スカ→スイング→スカ→スイング、と移り変わるリズムに、まるで英語の発音のような歌詞が乗っかってくるところがかっこよかった。
私ごときがエゴ・ラッピンの評価をどうこう言うのはおこがましいと思うが、ここは自分勝手に思い込みで書くと宣言したブログである。何よりもエゴ・ラッピンへの愛ゆえに、思いの丈を書かせていただこう。
エゴ・ラッピン(EGO-WRAPPIN')はヴォーカルの中納良恵とギターの森雅樹によるユニット。1996年から活動を開始し現在に至るまで10枚のアルバムをリリースしている。
詳細はオフィシャルHPにて、http://www.egowrappin.com/
EGOの音楽には基本としてジャズが存在し、それにシャンソン、ブルースからレゲエ、スカなど、あらゆるエスニックサウンドのテイストを加え、初期の一部を除き日本語歌詞で歌っている。
また、その日本語歌詞も、イントネーションが日本語らしくなく、意味を意識せずに聴くとどこか別の国の言葉のように聴こえてくるから不思議だ。
更にどの曲のどの断片を聴いても、どこか聴いたことがあるようなフレーズに聴こえるが、それでいてどこにも無いサウンドである。
「様々な音楽を吸収しながら、どこにも無い、オリジナルの音楽性を持つ」
エゴの音楽を語るならこの言葉がぴったりだと思う。

EGO-WRAPPIN "Night Food"
音質 9.1
音楽としての楽しさ 9.9
録音の趣 9.0
1曲目の“黒アリのマーチングバンド”から多国籍ムード満載である。
くちばしにチェリーは2曲目に収録されてる。
この曲でもっとも刺激的なのはそのリズム感。先にも書いたが、スカ→スイング→スカ→スイングと移り変わる。スイングは後ノリだがスカは前ノリである。つまり、リズムに合わせて頭を振るタイミングが異なるのである。歌詞もそれに合わせて、スカのリズムではアップビートな、スイングのときはナイショウ的なそれで語られている。録音の定位が通常の配置とは異なり。ドラムスが左端に定位し、それが却って抜群の存在感を現し、特に後半のフルートソロに於いてはドラムスとフルートによるスイングバトルのような展開となる。
その他の曲では“5月のクローバー”とか”PAPPAYA”などがお薦めだが、どれも捨て曲なしの名曲ばかりだと思う。特にトラック7の“老いぼれ犬のセレナーデ”はけだるいベースのイントロから始まり、終始けだるく、曲名が示すとおり、「老いぼれ犬」と「セレナーデ」と言う、決してアップビートには成り得ないものの表現を巧みに行っている。
このアルバムは様々な印象を持つ曲で構成されているが、アルバムとしてのイメージは一つに統合されているような感じがある。もしかしたら一つのコンセプトの元に作られているのかもしれない。
さて、くちばしにチェリーで始まったEGOファンではあったが、他のアルバムを聴くに連れ、EGOがNight Foodで私が受けた印象だけにとどまらず、多彩な音楽性を持つバンドである事に気付かされる。

色彩のブルース
音質 8.9
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 8.3
くちばしにチェリーよりも先に彼らのヒット曲となった“色彩のブルース”を挿入した5曲入りミニアルバム。多方面で語られているように、昭和キャバレー歌謡の雰囲気がぷんぷんするアルバムである。残念な事に録音ももっとその雰囲気に合わせてくれればよかったのにと思う。
色彩のブルースの歌い方はくちばしにチェリーとは全く違う。声が似た別人が歌っているようだ。
彼らの楽曲はEGO-WRAPPINという一つのスタイルがあって、それが幾通りにも解釈され、様々なイメージで表現されながらも、基本となるコンセプトからはぶれない。そんなバンドの姿勢が伝わってくるようだ。

満ち汐のロマンス
音質 8.8
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 8.9
このアルバムは全体を通してよりジャジーな雰囲気。
印象的なサックスのイントロで始まる“かつて..。”はEGOの曲の中でも私の大好きな曲の一つである。ハイテンポで発狂的でお祭りの喧騒のような“サイコアナルシス”。フレンチポップスのようなCrazy Fruitsとおしゃれでテンポの良いナンバーが続いている。最高のドライブミュージックなのではないだろうか。

Swing For Joy
音質 9.2
音楽としての楽しさ 9.1
録音の趣 9.5
この5曲いりミニアルバムは、もっともアナログ的な音作りがなされているような感じがする。
もっともEGOはCDだけでなく、アナログビニール盤も数多くリリースしている。
このアルバムはスイングを中心としてレゲエ、カリビアンなどのテイストがあり、夏場に聞きたくなる音である。

Merry Merry
音質 9.5
音楽としての楽しさ 9.3
録音の趣 9.4
フルアルバムとしてはもっとも新しい。EGOのアルバムの中では比較的音質が良い。というよりも、このアルバムから音質が変わった。曲調もより内向きとなり、シュールで前衛的でもある。
これまでの表現方法から脱却したいという、メンバーの気持ちの表れなのだろうか、既存のファンには受け入れにくいかもしれないが、私はこの方向性は好ましいと感じている。
例えるなら、現代的で洗練されたケイト・ブッシュといった感じか・・・・!?
これまでEGOにはあまり感じられなかったロックのテイストも感じられる。
このアルバムの中ではトラック5の“カサヴェテス”と9の“憐れみのプレリュード”が好きだ。
時間が無いので紹介だけに留めるが、最新シングルのGo Actionは、Merry Merryの路線を踏襲しながら、より日本的でノスタルジックな雰囲気に仕上がっている。
やはり方向転換なのだろうか。
だとすればよりシュールに、より幻想的に、内向きの心象表現を洗練された形で音楽に表してほしいと願う。
これからもEGO-WRAPPIN'と付き合っていこう。







