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女性ヴォーカルに癒しを求める。
以前にも書いたと思うが、、、、
カーオーディオマニアは総じて女性ヴォーカル好きが多い。
スケベが多いからと言う理由だけではなかろう。本当にスケベなカーオーディオマニアはむしろ女性ボーカルよりもヒップホップやR&Bを聴いている。
ではなぜ、カーオーディオファンには女性ヴォーカル好きが多いのだろうか。
恐らくは癒しを求めているのだろうと推察する。
独断と偏見かもしれないが、女性ヴォーカル好きなカーオーディオファンは、比較的ストレスの多い職業についている人が多いように思われる。
日々のストレスから開放される瞬間、それは帰宅時の車の中だろう。
特に我々地方都市に住む人間に取っては車通勤が主たる通勤手段であるため、なおさらカーオーディオに癒しを求める傾向は強まる。
うるさい上司やわからずやの客、そういったストレス元から開放され、ほっとした瞬間に聴く女神のごとき歌声、これがカーオーディオマニアに女性ヴォーカル好きが多い、最も説得力のある説明となるのではないだろうか。
家に帰ったら帰ったで、また別の現実が待ち受けている。
ところで、音楽に於ける癒しの反対語はなんだろうか。
それは高揚だと思う。
これから事を起こす、或は何かを乗り越えなければならない局面に至って、自らを奮起させるためには、音楽は大変効果的な心理コントロールの一つだろう。
従ってそういった場面においては、心を高揚させる効果のある音楽を聴く事が望ましい。
カーオーディオファンにヘビメタファンが多いのもその一つだろう。
またワグナーの序曲やベートーベンの9番、チャイコフスキーの大序曲1812年などといった、ダイナミックなクラシックも、心を高揚させる要素を持っている。
高揚感を呼び起こす音楽は、癒しとは逆で、朝の通勤時に聞くほうが良いだろう。
これを間違えると、朝からすっかり癒されて仕事なんかしたくなくなるし、家に帰る前に高揚感を掻き立てられれば、家族が増える事となる可能性もある。
今回ご紹介するのは、癒される女性ヴォーカルである。

Jane Monheit "Surrender"
音質 9.7
音楽としての楽しさ 9.6
録音の趣 9.5
Amazonjp
現在のジャズ界において、最高の歌姫と称されるジェーン・モンハイト。
サレンダーは彼女のコンコードレーベル移籍第一弾のCD。
写真を見て十分ご納得の貴兄も多いと思うが、ジャケ買いは必至である!
ルックスだけでなく、歌唱力抜群で感情表現にも長けており、ジャケ買いでも外しはない。
コーカソイド独特の「カーカー」した声質で、歌唱方法はカントリー出身だが同じジャズボーカリストのノラ・ジョーンズに似ていなくもない。しかしノラが首周りを響かせたような歌い方なのに対し、ジェーン・モンハイトはもう少し下のほう、胸の辺りで声を響かせる歌唱法の様に聞こえる(実際この人は胸が大きい)。また真空管マイクによる録音が彼女の声質を良く引き立て、よりセクシーに、それでいて吐息がかかるかのごとくリアルに録音されている。
音質は抜群で、定位の周りを包み込む正相残響、いわゆるアンビエントが豊富である。従ってオーディオシステムの分離の良し悪しが如実に露顕される音源であるともいえる。

Karla Bonoff "Wild Heart of The Young"
音質 8.9
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.4
Amazonjp
私の大好きな女性ヴォーカルの一人であるカーラ・ボノフは、カリフォルニアサウンドと呼ばれたアメリカ西海岸の音楽が、AORへと移り変わる70年代末から活動を開始した比較的長い経歴を持つシンガーだが、これまでにオフィシャルリリースのアルバムはたった4枚しか発表していない。
このアルバム、Wild Heart of The Youngは3枚目にあたり、1982年の作品。邦題は「麗しの女〜香はバイオレット」である・・・・この時代の邦題ってとんでもないのが多いがこれもその一つだろう。まったくやりたい邦題。
カーラ・ボノフは、圧倒的な歌唱力で説得力のある歌い方をするようなジンガーではない、ビブラートもあまり効かせず、むしろありのままの声で歌っているようにも感じる、しかしソングライティングの才能は大変なもので、どのアルバムのどの曲を取ってみても、捨て曲なしの名曲ばかりである。それもそのはず、リンダ・ロンシュタット等に代表されるカリフォルニアサウンドの大御所たちや、シンガーソングライターのベス・ニールセン・チャップマン、カントリーシンガーのキャシー・マティア、トリーシャ・イヤーウッドなどが彼女の曲を取り上げ、そのほとんどがヒットしている。
カーラの声質はむしろ東洋系のイメージがあり、日本人が流暢な英語で歌っているように聴こえなくもない。
このアルバムもジャケ買い系だが、特に注目すべきは5曲目のJust Walk Awayだろう。
失恋で心がひどく傷ついた女性の心象を、三拍子のリズムに乗せて、カーラとしては珍しく感情的に、そして切々と歌いこなしている。
彼女の名曲として名高いのはセカンドアルバムに収録されていた「涙に染めて」だが、私はこちらの方が数段名曲だと思っている。
音質は典型的なアナログマスター、何度もリマスターリングされて、その都度音質は甦ったが、ビニール版のクオリティーを超えるものが残念ながら存在しない。
2007年に最も新しいリマスターが紙ジャケ仕様で発売されたが、現在では入手困難な状態。
現在Amazonjpで輸入版がマーケットプレイスから入手可能だ。Amazon.comなら簡単に入手できる。

Mary Black "No Frontiers"
音質 9.0
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 9.8
Amazonjp
今度はジャケ買いはしなさそうな、おばさん顔のジャケットである。
この人、メアリー・ブラックは、前回紹介したフランシス・ブラックの実姉。
アイルランドで最も有名なミュージシャンは誰と問われたら、実はU2でもエンヤでもなく、このメアリー・ブラックなのである。
音楽一家の家庭に生まれ、元々は家族でバンド活動をしていたが、ソロとして独立。現在までにベストを含め、16枚のオフィシャルCDを発表している。
今回取り上げたNo Frontiersは通算5枚目のアルバム。
音質は簡素でリバーブ感が少なく、牧歌的雰囲気。それがまたこの楽曲に非常にマッチしている。
アイリッシュでアコースティックな曲が多く、フォークソングや生楽器の音が好きな人なら抵抗なくなじめると思う。いやむしろ、フォークの源流はここにこそあるのではないかと思わせる音楽性なのだ。
この人の声質はやさしく包み込むようであり、正に癒しの典型。
それからこのCDを買うときは、是非、ライナーノーツの付属している国内版を購入して欲しい。なぜなら歌詞が素晴らしいからだ。ライナーノーツに記載された訳詩を一読し、意味を頭において聴く事により、その癒し効果は数倍となるだろう。特にトラック1のタイトル曲の歌詞は極めて秀逸である。
この人の曲も、多くの有名ミュージシャンから取り上げられており、その大半がヒット作となっている。日本ではマイナーだが多くのアーティストからリスペクトを受ける、偉大な女性ボーカルなのだ。
カーオーディオマニアは総じて女性ヴォーカル好きが多い。
スケベが多いからと言う理由だけではなかろう。本当にスケベなカーオーディオマニアはむしろ女性ボーカルよりもヒップホップやR&Bを聴いている。
ではなぜ、カーオーディオファンには女性ヴォーカル好きが多いのだろうか。
恐らくは癒しを求めているのだろうと推察する。
独断と偏見かもしれないが、女性ヴォーカル好きなカーオーディオファンは、比較的ストレスの多い職業についている人が多いように思われる。
日々のストレスから開放される瞬間、それは帰宅時の車の中だろう。
特に我々地方都市に住む人間に取っては車通勤が主たる通勤手段であるため、なおさらカーオーディオに癒しを求める傾向は強まる。
うるさい上司やわからずやの客、そういったストレス元から開放され、ほっとした瞬間に聴く女神のごとき歌声、これがカーオーディオマニアに女性ヴォーカル好きが多い、最も説得力のある説明となるのではないだろうか。
家に帰ったら帰ったで、また別の現実が待ち受けている。
ところで、音楽に於ける癒しの反対語はなんだろうか。
それは高揚だと思う。
これから事を起こす、或は何かを乗り越えなければならない局面に至って、自らを奮起させるためには、音楽は大変効果的な心理コントロールの一つだろう。
従ってそういった場面においては、心を高揚させる効果のある音楽を聴く事が望ましい。
カーオーディオファンにヘビメタファンが多いのもその一つだろう。
またワグナーの序曲やベートーベンの9番、チャイコフスキーの大序曲1812年などといった、ダイナミックなクラシックも、心を高揚させる要素を持っている。
高揚感を呼び起こす音楽は、癒しとは逆で、朝の通勤時に聞くほうが良いだろう。
これを間違えると、朝からすっかり癒されて仕事なんかしたくなくなるし、家に帰る前に高揚感を掻き立てられれば、家族が増える事となる可能性もある。
今回ご紹介するのは、癒される女性ヴォーカルである。

Jane Monheit "Surrender"
音質 9.7
音楽としての楽しさ 9.6
録音の趣 9.5
Amazonjp
現在のジャズ界において、最高の歌姫と称されるジェーン・モンハイト。
サレンダーは彼女のコンコードレーベル移籍第一弾のCD。
写真を見て十分ご納得の貴兄も多いと思うが、ジャケ買いは必至である!
ルックスだけでなく、歌唱力抜群で感情表現にも長けており、ジャケ買いでも外しはない。
コーカソイド独特の「カーカー」した声質で、歌唱方法はカントリー出身だが同じジャズボーカリストのノラ・ジョーンズに似ていなくもない。しかしノラが首周りを響かせたような歌い方なのに対し、ジェーン・モンハイトはもう少し下のほう、胸の辺りで声を響かせる歌唱法の様に聞こえる(実際この人は胸が大きい)。また真空管マイクによる録音が彼女の声質を良く引き立て、よりセクシーに、それでいて吐息がかかるかのごとくリアルに録音されている。
音質は抜群で、定位の周りを包み込む正相残響、いわゆるアンビエントが豊富である。従ってオーディオシステムの分離の良し悪しが如実に露顕される音源であるともいえる。

Karla Bonoff "Wild Heart of The Young"
音質 8.9
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.4
Amazonjp
私の大好きな女性ヴォーカルの一人であるカーラ・ボノフは、カリフォルニアサウンドと呼ばれたアメリカ西海岸の音楽が、AORへと移り変わる70年代末から活動を開始した比較的長い経歴を持つシンガーだが、これまでにオフィシャルリリースのアルバムはたった4枚しか発表していない。
このアルバム、Wild Heart of The Youngは3枚目にあたり、1982年の作品。邦題は「麗しの女〜香はバイオレット」である・・・・この時代の邦題ってとんでもないのが多いがこれもその一つだろう。まったくやりたい邦題。
カーラ・ボノフは、圧倒的な歌唱力で説得力のある歌い方をするようなジンガーではない、ビブラートもあまり効かせず、むしろありのままの声で歌っているようにも感じる、しかしソングライティングの才能は大変なもので、どのアルバムのどの曲を取ってみても、捨て曲なしの名曲ばかりである。それもそのはず、リンダ・ロンシュタット等に代表されるカリフォルニアサウンドの大御所たちや、シンガーソングライターのベス・ニールセン・チャップマン、カントリーシンガーのキャシー・マティア、トリーシャ・イヤーウッドなどが彼女の曲を取り上げ、そのほとんどがヒットしている。
カーラの声質はむしろ東洋系のイメージがあり、日本人が流暢な英語で歌っているように聴こえなくもない。
このアルバムもジャケ買い系だが、特に注目すべきは5曲目のJust Walk Awayだろう。
失恋で心がひどく傷ついた女性の心象を、三拍子のリズムに乗せて、カーラとしては珍しく感情的に、そして切々と歌いこなしている。
彼女の名曲として名高いのはセカンドアルバムに収録されていた「涙に染めて」だが、私はこちらの方が数段名曲だと思っている。
音質は典型的なアナログマスター、何度もリマスターリングされて、その都度音質は甦ったが、ビニール版のクオリティーを超えるものが残念ながら存在しない。
2007年に最も新しいリマスターが紙ジャケ仕様で発売されたが、現在では入手困難な状態。
現在Amazonjpで輸入版がマーケットプレイスから入手可能だ。Amazon.comなら簡単に入手できる。

Mary Black "No Frontiers"
音質 9.0
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 9.8
Amazonjp
今度はジャケ買いはしなさそうな、おばさん顔のジャケットである。
この人、メアリー・ブラックは、前回紹介したフランシス・ブラックの実姉。
アイルランドで最も有名なミュージシャンは誰と問われたら、実はU2でもエンヤでもなく、このメアリー・ブラックなのである。
音楽一家の家庭に生まれ、元々は家族でバンド活動をしていたが、ソロとして独立。現在までにベストを含め、16枚のオフィシャルCDを発表している。
今回取り上げたNo Frontiersは通算5枚目のアルバム。
音質は簡素でリバーブ感が少なく、牧歌的雰囲気。それがまたこの楽曲に非常にマッチしている。
アイリッシュでアコースティックな曲が多く、フォークソングや生楽器の音が好きな人なら抵抗なくなじめると思う。いやむしろ、フォークの源流はここにこそあるのではないかと思わせる音楽性なのだ。
この人の声質はやさしく包み込むようであり、正に癒しの典型。
それからこのCDを買うときは、是非、ライナーノーツの付属している国内版を購入して欲しい。なぜなら歌詞が素晴らしいからだ。ライナーノーツに記載された訳詩を一読し、意味を頭において聴く事により、その癒し効果は数倍となるだろう。特にトラック1のタイトル曲の歌詞は極めて秀逸である。
この人の曲も、多くの有名ミュージシャンから取り上げられており、その大半がヒット作となっている。日本ではマイナーだが多くのアーティストからリスペクトを受ける、偉大な女性ボーカルなのだ。
冬に良く合う音楽
しばらく東南アジアのほうに出かけていた。
フィリピン、シンガポール、インドネシアと訪問してきたのだが、
当たり前の話だがどこも夏である。
現地にいるときは一日中半袖で過ごし、成田に帰り着いたときには寒さが堪えた。これも当たり前の話だが、半袖のままであったからである。
留守にしていたのは1週間ほどだったが、たったそれだけでこうも気温が変化するものかと少々驚きはしたが、季節の変わり目、これも当たり前の話である。
今日からは更に冷え込み、日本中が真冬のような寒さであったと聞く。
これからの季節、多少暖かくなる日はあろうとも、寒さはその深さをより増す一方で、気分の上では、暖かさから暑さへと向かう春とは根本的に異なるだろう。
というわけで、今回は冬によく合う音楽のご紹介である。
季節ごとに合った音楽には二つの考え方があると思う。
夏場を例に挙げると、それを表現する音楽が盛りだくさんだからわかりやすいだろう。
一つはその“季節感そのものを表現する音楽”、要するに暑いときは暑いように、寒いときは寒いように感じさせる音楽の事である。夏場になるとどこからともなく聴こえてくるレゲエやスカ、こういった音楽は暑い夏そのものを表現しているといえるだろう。
もう一つは“季節から来る不快さを逃れる音楽”これは夏場であればクールな感じにさせてくれる音楽のことで、例えばAORとかカリフォルニア系のジャズ、一部のスローテンポなヒップホップなどもこの類に含まれるだろう。
しかし冬はどうだろうか。
冬の寒さをそのまま表現している音楽や、反対に冬の寒さから逃れる音楽と言うものは、これといって思いつかないように思える。
J-POPでは冬場にヒットを飛ばすことから「冬の女王」と呼ばれた広瀬香美がいるが、曲調や受ける印象からは、何も冬でなくても良い曲ばかりである。(“ゲレンデがとけるほど恋いしたい”は別)しかし冬場に聴く広瀬香美はむしろ暖かさを感じる曲調であるといえるだろう。
冬そのものを表現している曲とは、冬の寒々しさや荒涼とした雰囲気を良く現している音楽だろう。
また冬の寒さを逃れる音楽は、暖かい室内で暖を取っている気分を現した曲だと思う。
暖かさを感じる音楽は先にも述べた広瀬香美をはじめ、結構存在している。クリスマスソングなどもその典型かもしれない。
という訳で、冬そのものを表現している音楽、ケルト系のニューエイジミュージックを3枚ご紹介する。
ケルト系のニューエイジミュージックとは、エンヤのように、寒々として荒涼とした雰囲気を持つものが多い。以下の三枚のうちClannadはエンヤをもっと暗くした感じだが、それ以外は基本的音楽性はエンヤとは異なる。

Loreena Mckennit "To Drive the Cold Winter Away"
音質 9.3
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 9.9
Amazonjp
非常に趣のあるジャケットである。
ロリーナ・マッケニットはカナダ生まれのカナダ育ちだが、アイルランドケルトの血を引いており、自らを「さまよえるケルト人」と称している。
アイリッシュハープの弾き語りというスタイルのアーティストで、インディーズで発売した第一作が、北米とヨーロッパで2万枚ものセールスを記録し、メージャー契約となる。
音楽性は徹底したトラッド志向で、イングランド、スコットランド、アイルランド等に残る民間伝承を音楽化したものや、中世〜近代に作曲され、埋もれていた世俗音楽を、オリジナルで復活させ演奏するなどしている。
今回ご紹介するアルバムは彼女のセカンドに当たり、メジャーデビュー第一作目である。1987年の録音だが、2006年にデジタルリマスターされ、音質、音楽性共に甦った。
タイトルのTo Drive the Cold Winter Awayは、このCDの1曲目"In Praise Of Christmas"のサビの部分の歌詞である。寒い冬の道をカーオーディオで音楽を聴きながら、寂しい気持ちを味わうにはこれ以上はないといえる曲なのではないだろうか。
録音はアナログマスターで、ややHigh上がり。しかし高音の響きが冬の寒さを如何にもよく再現し、「アナログは暖かい」などという人々の期待を大きく裏切る寒々しさである。
私のお気に入りの一枚だが、冬場以外にこれを聴くとピントが外れているので11月から3月までしか聴かない。

Clannad "An Diolaim"
音質 9.2
音楽としての楽しさ 9.3
録音の趣 9.8
Amazon.com
アイルランドのフォークグループ“クラナド”の1998年の作品。
グループ名の「Clannad」は、アイルランド語の An Clann as Dobhair が縮まったもので、これは「入り江(の村)から来た家族」を意味している。
70年代から活躍する息の長いグループで、親戚が経営するパブで演奏していたのがデビューのきっかけ。80年から81年まではエンヤが所属しており、またリードヴォーカルのモイアはエンヤの実姉である。
このグループの音楽性は実に寒々しい。基本的にはよほど寒い環境がお好きな方か、アイルランドの寒々しい雰囲気がお好きな人にしかお薦めできないが、今回ご紹介しているAn Diolaimはアコースティック色が強く、晴れた冬の昼間のドライブに最適な音楽である。
音質はHiFiバランスだが、もう少しクリアネスであれば文句無い。
このグループのLandmarksは1999年のグラミー賞ニューエイジ部門を受賞した。
ところで、アニメにもClannadというタイトルの作品が存在するが、基本的には何も関係ない。

Frances Black "The Smile On Your Face"
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.8
Amazonjp
アイルランド生まれでアイルランド育ち、現在もアイルランド在住のフランシス・ブラックは、アイルランドで最も著名なフォークシンガー、メアリー・ブラックの実妹である。
お姉さんと比べて存在感は劣るが、非常に良い曲も多く、ソングライティングの才能は高い。
音質はお姉さんのCDよりむしろこちらの方が良い傾向にあり、これまで発表したCDはどれも録音レベルが高い。
声質も、低く、淡々と語りかけるようなお姉さんの歌い方とは異なり、フレッシュなハイトーンで可憐な声を持つ。またリズム感に富んだ楽曲も多く、カーオーディオで聴くにはむしろ妹の方がうってつけだと思う。
晴れた冬の昼間に、海岸線をドライブするときなどに、聴いて頂きたいCDである。
フィリピン、シンガポール、インドネシアと訪問してきたのだが、
当たり前の話だがどこも夏である。
現地にいるときは一日中半袖で過ごし、成田に帰り着いたときには寒さが堪えた。これも当たり前の話だが、半袖のままであったからである。
留守にしていたのは1週間ほどだったが、たったそれだけでこうも気温が変化するものかと少々驚きはしたが、季節の変わり目、これも当たり前の話である。
今日からは更に冷え込み、日本中が真冬のような寒さであったと聞く。
これからの季節、多少暖かくなる日はあろうとも、寒さはその深さをより増す一方で、気分の上では、暖かさから暑さへと向かう春とは根本的に異なるだろう。
というわけで、今回は冬によく合う音楽のご紹介である。
季節ごとに合った音楽には二つの考え方があると思う。
夏場を例に挙げると、それを表現する音楽が盛りだくさんだからわかりやすいだろう。
一つはその“季節感そのものを表現する音楽”、要するに暑いときは暑いように、寒いときは寒いように感じさせる音楽の事である。夏場になるとどこからともなく聴こえてくるレゲエやスカ、こういった音楽は暑い夏そのものを表現しているといえるだろう。
もう一つは“季節から来る不快さを逃れる音楽”これは夏場であればクールな感じにさせてくれる音楽のことで、例えばAORとかカリフォルニア系のジャズ、一部のスローテンポなヒップホップなどもこの類に含まれるだろう。
しかし冬はどうだろうか。
冬の寒さをそのまま表現している音楽や、反対に冬の寒さから逃れる音楽と言うものは、これといって思いつかないように思える。
J-POPでは冬場にヒットを飛ばすことから「冬の女王」と呼ばれた広瀬香美がいるが、曲調や受ける印象からは、何も冬でなくても良い曲ばかりである。(“ゲレンデがとけるほど恋いしたい”は別)しかし冬場に聴く広瀬香美はむしろ暖かさを感じる曲調であるといえるだろう。
冬そのものを表現している曲とは、冬の寒々しさや荒涼とした雰囲気を良く現している音楽だろう。
また冬の寒さを逃れる音楽は、暖かい室内で暖を取っている気分を現した曲だと思う。
暖かさを感じる音楽は先にも述べた広瀬香美をはじめ、結構存在している。クリスマスソングなどもその典型かもしれない。
という訳で、冬そのものを表現している音楽、ケルト系のニューエイジミュージックを3枚ご紹介する。
ケルト系のニューエイジミュージックとは、エンヤのように、寒々として荒涼とした雰囲気を持つものが多い。以下の三枚のうちClannadはエンヤをもっと暗くした感じだが、それ以外は基本的音楽性はエンヤとは異なる。

Loreena Mckennit "To Drive the Cold Winter Away"
音質 9.3
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 9.9
Amazonjp
非常に趣のあるジャケットである。
ロリーナ・マッケニットはカナダ生まれのカナダ育ちだが、アイルランドケルトの血を引いており、自らを「さまよえるケルト人」と称している。
アイリッシュハープの弾き語りというスタイルのアーティストで、インディーズで発売した第一作が、北米とヨーロッパで2万枚ものセールスを記録し、メージャー契約となる。
音楽性は徹底したトラッド志向で、イングランド、スコットランド、アイルランド等に残る民間伝承を音楽化したものや、中世〜近代に作曲され、埋もれていた世俗音楽を、オリジナルで復活させ演奏するなどしている。
今回ご紹介するアルバムは彼女のセカンドに当たり、メジャーデビュー第一作目である。1987年の録音だが、2006年にデジタルリマスターされ、音質、音楽性共に甦った。
タイトルのTo Drive the Cold Winter Awayは、このCDの1曲目"In Praise Of Christmas"のサビの部分の歌詞である。寒い冬の道をカーオーディオで音楽を聴きながら、寂しい気持ちを味わうにはこれ以上はないといえる曲なのではないだろうか。
録音はアナログマスターで、ややHigh上がり。しかし高音の響きが冬の寒さを如何にもよく再現し、「アナログは暖かい」などという人々の期待を大きく裏切る寒々しさである。
私のお気に入りの一枚だが、冬場以外にこれを聴くとピントが外れているので11月から3月までしか聴かない。

Clannad "An Diolaim"
音質 9.2
音楽としての楽しさ 9.3
録音の趣 9.8
Amazon.com
アイルランドのフォークグループ“クラナド”の1998年の作品。
グループ名の「Clannad」は、アイルランド語の An Clann as Dobhair が縮まったもので、これは「入り江(の村)から来た家族」を意味している。
70年代から活躍する息の長いグループで、親戚が経営するパブで演奏していたのがデビューのきっかけ。80年から81年まではエンヤが所属しており、またリードヴォーカルのモイアはエンヤの実姉である。
このグループの音楽性は実に寒々しい。基本的にはよほど寒い環境がお好きな方か、アイルランドの寒々しい雰囲気がお好きな人にしかお薦めできないが、今回ご紹介しているAn Diolaimはアコースティック色が強く、晴れた冬の昼間のドライブに最適な音楽である。
音質はHiFiバランスだが、もう少しクリアネスであれば文句無い。
このグループのLandmarksは1999年のグラミー賞ニューエイジ部門を受賞した。
ところで、アニメにもClannadというタイトルの作品が存在するが、基本的には何も関係ない。

Frances Black "The Smile On Your Face"
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.8
Amazonjp
アイルランド生まれでアイルランド育ち、現在もアイルランド在住のフランシス・ブラックは、アイルランドで最も著名なフォークシンガー、メアリー・ブラックの実妹である。
お姉さんと比べて存在感は劣るが、非常に良い曲も多く、ソングライティングの才能は高い。
音質はお姉さんのCDよりむしろこちらの方が良い傾向にあり、これまで発表したCDはどれも録音レベルが高い。
声質も、低く、淡々と語りかけるようなお姉さんの歌い方とは異なり、フレッシュなハイトーンで可憐な声を持つ。またリズム感に富んだ楽曲も多く、カーオーディオで聴くにはむしろ妹の方がうってつけだと思う。
晴れた冬の昼間に、海岸線をドライブするときなどに、聴いて頂きたいCDである。
幻 (1)
まぼろしの・・・・・
別にファンタジックな魔法の話などではなく、入手困難、或は入手不可能なものを指すときに良く使われる言葉である。
このブログでご紹介するのは主にミュージックCDなので、まぼろしのCDをご紹介することになる。
しかし、完全に入手不能なCDを紹介したところで、それはただ単に“持ってるぞ自慢”で終わってしまうので、“入手困難だったが、今なら何とか入手できる”というCDをご紹介しよう。
そのアーティストは“DADAWA”と言う。

DADAWA “阿姫鼓 Sistetr Drum"
音質 9.9
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.8
Amazonjp
Amazonjpのマーケットプレイスから入手可能。Amazon.comからでも入手できる。
1994年製作、1996年発売。
音質は10年以上前の録音というのが信じられないほど超優秀録音。
音場の広がりは、いわば“コズミックスケール”、極めて広大である。
その中にぽつんと浮かぶ音像は、輪郭が鮮やかで寸分の狂いもない。
このCDに録音されている低音は、生半可なシステムでは正確な再生は不可能。まるでオーディオの限界をあざ笑うかのような低音だ。
製作は台湾である。
このアルバムをはじめて知ったのは、スピーカーの神様と称される人物のご自宅に遊びに行ったときのことである。そこで音場の広がりとは何ぞやという話題となり、紹介していただいたのがこのCD。
音が出るなり、その圧倒的な広がり感に度肝を抜かされた。
どこで手に入れたのですかという問いに、「台湾で買ったよ。日本でも輸入CDを扱っているショップでごくたまに見かけるよ。」との回答。早速日本でも屈指の品揃えというCDショップにて問い合わせするも、「当店には在庫がございません」という残酷なようで当たり前の回答。しばらく悩んだものの、1998年5月、このCD探しと観光を兼ねて台湾ツアーへと出発した。
台北へと到着し、タクシーを一日借り切り、大型のCDショップをめぐる世にも稀なる台北ツアーを敢行し、3軒目にしてGET!一生忘れられない、思い出深いCDとなった。
さて、思い入れのCDをゲットし、帰国していろんな人に散々自慢しまくった。
1年ほど経った後、お客様の一人がこのCDを所有していた。
「どこで手に入れたんですか?」と聞くと、通販でご購入されたとのこと。早速調べてみると、アメリカのCDショップで販売があった。
私の台湾旅行は何だったのだろうか・・・・
ま、おいしい中華料理を食べに行ったと思えばいいか・・・・
現在でも、日本のCDショップよりも、アメリカの通販の方が入手しやすい。
DADAWA(ダダワ)、本名 朱哲琴。
上海在住で現在までに4枚のアルバムを発表している。ファーストアルバムのみ本名の朱哲琴とのクレジットがあり、2枚目以降をDADAWAという名前でリリースしている。
以前は「中国のエンヤ」とも呼ばれていたが、エンヤと異なるのはコンセプチャリズムで、どのアルバムも中国文化に起因する一つのコンセプトに基づいて製作されている。
今回紹介している“阿姫鼓 Sistetr Drum”はチベットをコンセプトに持つアルバムである。
前7曲だが、どの曲を取っても音質、音楽性、全てに於いて素晴らしい。特にスピリッチャル音楽や東洋系のイメージが好きな人にはたまらないだろう。
タイトル曲であるトラック2のSistetr Drumは、広大な音場の中に、前後がハッキリした2つのヴォーカルが、ささやくようにか細い声で語り始め、暴力的な低音と共に、DADAWAの恐るべき歌唱力でサビの部分が展開する。トラック7のThe Turning Scriptureは神秘的なチベタンホルンから始まる。
私は以前、宮崎県の椎葉村へ向かった際、丁度国見峠を越えた辺りで夜明けとなった。眼前に広がっていたのは、急峻な谷間を埋め尽くす見渡す限りの雲海。朝日に照らされた雲海は、まるで巨大な生き物のように、ゆっくりと動いていた。
しばし車を止め、私が取り出したのがこのCD。
雲海を眺めながら聴くDADAWAの世界は、どこか現実離れしていて、それでいて異様にリアルな感覚を覚え、鳥肌が立った。
ちなみにこのCD、デジタルリマスター版で24Kゴールドディスクバージョンが存在する。
私は所有しているが、こちらの入手は極めて困難であろう。
プチ自慢である。
別にファンタジックな魔法の話などではなく、入手困難、或は入手不可能なものを指すときに良く使われる言葉である。
このブログでご紹介するのは主にミュージックCDなので、まぼろしのCDをご紹介することになる。
しかし、完全に入手不能なCDを紹介したところで、それはただ単に“持ってるぞ自慢”で終わってしまうので、“入手困難だったが、今なら何とか入手できる”というCDをご紹介しよう。
そのアーティストは“DADAWA”と言う。

DADAWA “阿姫鼓 Sistetr Drum"
音質 9.9
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.8
Amazonjp
Amazonjpのマーケットプレイスから入手可能。Amazon.comからでも入手できる。
1994年製作、1996年発売。
音質は10年以上前の録音というのが信じられないほど超優秀録音。
音場の広がりは、いわば“コズミックスケール”、極めて広大である。
その中にぽつんと浮かぶ音像は、輪郭が鮮やかで寸分の狂いもない。
このCDに録音されている低音は、生半可なシステムでは正確な再生は不可能。まるでオーディオの限界をあざ笑うかのような低音だ。
製作は台湾である。
このアルバムをはじめて知ったのは、スピーカーの神様と称される人物のご自宅に遊びに行ったときのことである。そこで音場の広がりとは何ぞやという話題となり、紹介していただいたのがこのCD。
音が出るなり、その圧倒的な広がり感に度肝を抜かされた。
どこで手に入れたのですかという問いに、「台湾で買ったよ。日本でも輸入CDを扱っているショップでごくたまに見かけるよ。」との回答。早速日本でも屈指の品揃えというCDショップにて問い合わせするも、「当店には在庫がございません」という残酷なようで当たり前の回答。しばらく悩んだものの、1998年5月、このCD探しと観光を兼ねて台湾ツアーへと出発した。
台北へと到着し、タクシーを一日借り切り、大型のCDショップをめぐる世にも稀なる台北ツアーを敢行し、3軒目にしてGET!一生忘れられない、思い出深いCDとなった。
さて、思い入れのCDをゲットし、帰国していろんな人に散々自慢しまくった。
1年ほど経った後、お客様の一人がこのCDを所有していた。
「どこで手に入れたんですか?」と聞くと、通販でご購入されたとのこと。早速調べてみると、アメリカのCDショップで販売があった。
私の台湾旅行は何だったのだろうか・・・・
ま、おいしい中華料理を食べに行ったと思えばいいか・・・・
現在でも、日本のCDショップよりも、アメリカの通販の方が入手しやすい。
DADAWA(ダダワ)、本名 朱哲琴。
上海在住で現在までに4枚のアルバムを発表している。ファーストアルバムのみ本名の朱哲琴とのクレジットがあり、2枚目以降をDADAWAという名前でリリースしている。
以前は「中国のエンヤ」とも呼ばれていたが、エンヤと異なるのはコンセプチャリズムで、どのアルバムも中国文化に起因する一つのコンセプトに基づいて製作されている。
今回紹介している“阿姫鼓 Sistetr Drum”はチベットをコンセプトに持つアルバムである。
前7曲だが、どの曲を取っても音質、音楽性、全てに於いて素晴らしい。特にスピリッチャル音楽や東洋系のイメージが好きな人にはたまらないだろう。
タイトル曲であるトラック2のSistetr Drumは、広大な音場の中に、前後がハッキリした2つのヴォーカルが、ささやくようにか細い声で語り始め、暴力的な低音と共に、DADAWAの恐るべき歌唱力でサビの部分が展開する。トラック7のThe Turning Scriptureは神秘的なチベタンホルンから始まる。
私は以前、宮崎県の椎葉村へ向かった際、丁度国見峠を越えた辺りで夜明けとなった。眼前に広がっていたのは、急峻な谷間を埋め尽くす見渡す限りの雲海。朝日に照らされた雲海は、まるで巨大な生き物のように、ゆっくりと動いていた。
しばし車を止め、私が取り出したのがこのCD。
雲海を眺めながら聴くDADAWAの世界は、どこか現実離れしていて、それでいて異様にリアルな感覚を覚え、鳥肌が立った。
ちなみにこのCD、デジタルリマスター版で24Kゴールドディスクバージョンが存在する。
私は所有しているが、こちらの入手は極めて困難であろう。
プチ自慢である。
ギター親父と若い歌姫
意味深なタイトルである。
今回取り上げるのは、日本屈指のジャズギタリストと、若い娘による“ジャズボーカル”のアルバム。ジェネレーションギャップも甚だしい、父娘ほども年の離れたジャズユニットのお話。
音も良く、聴いて楽しい二枚のCDをご紹介するが、同じジャズでも音楽性も音質も全く異なるベクトルの二枚である。
まずはこちらから。

NICA with Yoshiaki Miyanoue
音質 9.8
音楽としての楽しさ 9.0
録音の趣 9.9
Amazonjp
驚異の新人ヴォーカリスト“ニカ”を、日本屈指のジャズギタリスト、宮之上貴昭がプロデュースし、ほぼギターとヴォーカルのみで演奏されている。
まず音質が抜群に良い。私が今年買ったCDの中でもトップクラスである。
録音の雰囲気もさほど広くない場所(一般住宅?)で、ギターとヴォーカルの二人がさほど離れることなく演奏している雰囲気が伝わり、大変趣が良い。
ニカの歌い方は、21歳と言う若々しさをジャズと言う大人の空間でも背伸びすることなく全面に出し、それを支える宮之上氏のギターがまた弾むようなエネルギーを持って演奏されている。
若さが円熟の前に萎縮するのではなく、円熟の演奏が若さに詰め寄っているのである。
ライナーノーツの中で、宮之上氏はこう語っている。
「宝石も見出されて磨かなければ普通の石と変わらず、その真価を評価されません」
石を磨くときも、最初は粗めのヤスリで磨き、表面が滑らかになるにつれ、目の細かいヤスリに変えていくという。
正に今、原石を磨かんとする、宮之上氏の演奏のように聴こえる。

FRIDE PRIDE “Street Walking Woman"
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.5
Amazonjp
これはハジけている。NICAが静だとすればこちらは完全に動。
ギターだけでなく、パーカッションが効果的に使われている。
音質はかなり良いがやや硬質。しかしそれがまた音の抑揚感をはっきりとさせ、このヴォーカルには抜群に会っている。
FridePrideは、女性ヴォーカリスト“Shino”とギタリスト“横田明紀男”とのユニット。
このCDはセカンドアルバムだがBest盤を含む10枚のアルバムをすでにリリースしている。
女性ボーカルの名前がアルファベットなのはNICAと共通。しかし音楽性は全く異なる。
まずヴォーカルのShinoだが、彼女の歌い方はジャズと言うよりもR&Bを基調に持つJ-POP系シンガーの歌い方に良く似ている。メリハリを強調し抑揚感を持たせ、言葉をはっきりと、細部にまで気を配って語っているような歌い方である。声の躍動感も抜群。
一方でギターの横田氏は超人的なテクニックを持つ、常に国内ジャズギターのトップを走り続ける人物である。このCDに於いては、その超絶技巧を余すところ無く発揮し、アコースティックギターを、その能力の限界を試すかのごとき演奏を披露している。
そんな二人がユニットを組んだフライドプライド、ジャズやポップスのスタンダードカバーをやってはいるが、これだけ個性的な人間がユニットを組めば、当然演奏はまるでバトルのような展開となる。
ギターがヴォーカルの陰に隠れる事もなく、いや、ヴォーカルを力でねじ伏せようとするような演奏を見せれば、ヴォーカルも負けじと声を張り上げる、それにより、スタンダードナンバーでありながら、どこにもないオンリーワンのサウンドを生み出している。
この二枚のCD、同じジャズにカテゴライズされ、ギターと女性ヴォーカルのユニットであるところも同じだが、受ける印象が全く異なり、静かに楽しく夕べを過ごしたいときはNICAが、心を高揚させたい朝にはFride Prideが合っている。
この人たち、たぶん性格も全く異なるに違いない。
今回取り上げるのは、日本屈指のジャズギタリストと、若い娘による“ジャズボーカル”のアルバム。ジェネレーションギャップも甚だしい、父娘ほども年の離れたジャズユニットのお話。
音も良く、聴いて楽しい二枚のCDをご紹介するが、同じジャズでも音楽性も音質も全く異なるベクトルの二枚である。
まずはこちらから。

NICA with Yoshiaki Miyanoue
音質 9.8
音楽としての楽しさ 9.0
録音の趣 9.9
Amazonjp
驚異の新人ヴォーカリスト“ニカ”を、日本屈指のジャズギタリスト、宮之上貴昭がプロデュースし、ほぼギターとヴォーカルのみで演奏されている。
まず音質が抜群に良い。私が今年買ったCDの中でもトップクラスである。
録音の雰囲気もさほど広くない場所(一般住宅?)で、ギターとヴォーカルの二人がさほど離れることなく演奏している雰囲気が伝わり、大変趣が良い。
ニカの歌い方は、21歳と言う若々しさをジャズと言う大人の空間でも背伸びすることなく全面に出し、それを支える宮之上氏のギターがまた弾むようなエネルギーを持って演奏されている。
若さが円熟の前に萎縮するのではなく、円熟の演奏が若さに詰め寄っているのである。
ライナーノーツの中で、宮之上氏はこう語っている。
「宝石も見出されて磨かなければ普通の石と変わらず、その真価を評価されません」
石を磨くときも、最初は粗めのヤスリで磨き、表面が滑らかになるにつれ、目の細かいヤスリに変えていくという。
正に今、原石を磨かんとする、宮之上氏の演奏のように聴こえる。

FRIDE PRIDE “Street Walking Woman"
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.7
録音の趣 9.5
Amazonjp
これはハジけている。NICAが静だとすればこちらは完全に動。
ギターだけでなく、パーカッションが効果的に使われている。
音質はかなり良いがやや硬質。しかしそれがまた音の抑揚感をはっきりとさせ、このヴォーカルには抜群に会っている。
FridePrideは、女性ヴォーカリスト“Shino”とギタリスト“横田明紀男”とのユニット。
このCDはセカンドアルバムだがBest盤を含む10枚のアルバムをすでにリリースしている。
女性ボーカルの名前がアルファベットなのはNICAと共通。しかし音楽性は全く異なる。
まずヴォーカルのShinoだが、彼女の歌い方はジャズと言うよりもR&Bを基調に持つJ-POP系シンガーの歌い方に良く似ている。メリハリを強調し抑揚感を持たせ、言葉をはっきりと、細部にまで気を配って語っているような歌い方である。声の躍動感も抜群。
一方でギターの横田氏は超人的なテクニックを持つ、常に国内ジャズギターのトップを走り続ける人物である。このCDに於いては、その超絶技巧を余すところ無く発揮し、アコースティックギターを、その能力の限界を試すかのごとき演奏を披露している。
そんな二人がユニットを組んだフライドプライド、ジャズやポップスのスタンダードカバーをやってはいるが、これだけ個性的な人間がユニットを組めば、当然演奏はまるでバトルのような展開となる。
ギターがヴォーカルの陰に隠れる事もなく、いや、ヴォーカルを力でねじ伏せようとするような演奏を見せれば、ヴォーカルも負けじと声を張り上げる、それにより、スタンダードナンバーでありながら、どこにもないオンリーワンのサウンドを生み出している。
この二枚のCD、同じジャズにカテゴライズされ、ギターと女性ヴォーカルのユニットであるところも同じだが、受ける印象が全く異なり、静かに楽しく夕べを過ごしたいときはNICAが、心を高揚させたい朝にはFride Prideが合っている。
この人たち、たぶん性格も全く異なるに違いない。
アルゼンチンのビッグママ
メルセデス・ソーサ(Mercedes Sosa)
1935年生まれで今年73歳。アルゼンチンでもっとも尊敬されるフォルクローレ歌手。
通称、「ラテン音楽の母」「南米の母」「フォルクローレの女王」「大地の歌声」「百年に一人の声」など、その偉大さを賞賛する形容詞は余りある。
この人、偉大なだけでなく、巨大でもある。とにかくでかい。太る前の体型がこれである。

1973年ごろの写真とのキャプションがあった。
この頃からこの大きさであるから、更に太った現在ではどれほどだろう。残念ながら写真が見つからない。
太りすぎて健康面にも問題が出ているらしく、2003年、26年ぶりに行われる予定だった来日公演はそのツアー全て含めてキャンセルになってしまった。
メルセデス・ソーサに代表されるフォルクローレとはいったいどんな音楽なのだろうか。
実は私もそれほど詳しくはない。「コンドルは飛んでいく」や「アンデスの花祭り」などアコースティックギターをバックにケーナで演奏されるペルー風の音楽と言う程度の知識しかなかった。
元来フォルクローレとは、英語のfolklore(フォークロア)がそのままスペイン語になったもので、音楽のみならず、民俗学、民族的伝承一般を指す。日本において、ラテンアメリカの民族音楽や、民族音楽をベースに発展したポピュラーミュージックを総称して「フォルクローレ」と呼ぶ。
ラテンアメリカ各地に、それぞれ独自性に富んだフォルクローレ音楽が存在するが、共通して言えることは、先住民系とスペイン系の音楽的特徴が混合され、地域によってはそこに更に黒人の音楽的特徴も加味されていることである。中でも人気が高いのは、アンデス山脈周辺の国々の音楽、アルゼンチンのパンパ(草原地帯)の音楽、そしてパラグアイの音楽であろう。
・・・・・・・ってWikipediaに書いてあった。
要するに私はブログで偉そうな事を書くほど、フォルクローレについて自身の見解を持っていないのである。というか見解をもてるほどの知識が無い。
しかしメルセデス・ソーサをはじめて知ったのは、もう随分前になる。NHKで南米の特番をやっていたとき、シーンがブエノスアイレスの映像に切り替わったとき、バックでかかっていたのが彼女の大ヒット曲、「アルフォンシーナと海」だったと記憶している(もうその記憶も定かではないほど古い。実はその番組がNHKだったかどうかも今や疑わしい)。その後、メロディーの断片的な記憶だけを頼りに、メルセデス・ソーサを探し当てた。
この人の出生はアルゼンチン北西部のトゥクマン。昔からアルゼンチンに住む民族、ケチュア族の父親と、フランス系の母親の間に生まれ4人兄弟で育つ。父親は貧しい労働者だったため生活は楽ではなかった。15歳の時にラジオ局のコンテストに優勝して二ヶ月の出演契約を結ぶが、ディレクターがフォルクローレをバカにしたことに怒って喧嘩して帰ってきてしまったそうである。相当、プライドの高い人らしい。
その性格が災いしてか幸いしてか、世に出たのは30歳になってからである。
前記の「アルフォンシーナと海」を含むアルバム「アルヘンティーナの女(Mujeres argentinas)」を発表、これはアルゼンチン史上に実在した8人の女性を歌ったアルバムなのだが、それが大ヒットしフォルクローレ史上に不朽の名を残すことになった。
しかしその後、1970年代後半にアルゼンチンは軍事独裁政権化となり、ソーサは最初フランス、次いでスペインと、亡命生活を余儀なくされる事となるが、亡命先で歌を通じアルゼンチンの軍政批判活動を展開する。その事が却ってメルセデス・ソーサの知名度を世界に広げる事となる。
1982年に軍事政権が崩壊すると同時に、ソーサは母国へと帰国するが、それ以降はアルゼンチンフォルクローレだけにとどまらず、中米キューバ音楽やカリビアンミュージック、ペルー、チリの民族音楽など、全南米的音楽を志向する事となる。これにより、アルゼンチン一国のヒロインに過ぎなかったメルセデス・ソーサが、「南米音楽の母」とまで称されるようになるのである。正にビッグママなのだ。
今回ご紹介するCDは、メルセデス・ソーサ円熟期の1998年発表の作品。

AL DESPERTAR (邦題、目覚めの時)
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 10
Amazonjp
まず音質が非常に良い。また音楽性と音質がベストマッチである。
トラック1のVientos del almaは、アルゼンチン大平原“パンパ”を思わせるような、広大な音場の中に、地に足をしっかりと付けたメルセデス・ソーサが、両の腕を大きく広げ、天を仰いで歌っているような、そんな風景がありありと脳裏に浮かぶ。
このCDは、近年のソーサのアルバムの中でも、特にフォルクローレ色が強いように思われる。
メルセデス・ソーサはいわゆるシンガーソングライターではない。彼女のヒットした曲でオリジナルを歌っているシンガーの音源も、世界中のAmazonを検索していくつか入手してみたものの、その中にはソーサの歌声がいざなう、震えるような感動を超えるものが存在しなかった。
彼女が取り上げて歌う事により、世間に認められた無名作曲家も多いと聞く。なるほど然りと感じ入る話である。
メルセデス・ソーサももう73歳、いつまで魂の歌を歌い続けていられるか判らない年齢である。
彼女をより多くの人に知ってもらいたい。そして生きている内に、もう一度来日公演を果たして欲しい。
ソーサの健康を心から祈る。
1935年生まれで今年73歳。アルゼンチンでもっとも尊敬されるフォルクローレ歌手。
通称、「ラテン音楽の母」「南米の母」「フォルクローレの女王」「大地の歌声」「百年に一人の声」など、その偉大さを賞賛する形容詞は余りある。
この人、偉大なだけでなく、巨大でもある。とにかくでかい。太る前の体型がこれである。

1973年ごろの写真とのキャプションがあった。
この頃からこの大きさであるから、更に太った現在ではどれほどだろう。残念ながら写真が見つからない。
太りすぎて健康面にも問題が出ているらしく、2003年、26年ぶりに行われる予定だった来日公演はそのツアー全て含めてキャンセルになってしまった。
メルセデス・ソーサに代表されるフォルクローレとはいったいどんな音楽なのだろうか。
実は私もそれほど詳しくはない。「コンドルは飛んでいく」や「アンデスの花祭り」などアコースティックギターをバックにケーナで演奏されるペルー風の音楽と言う程度の知識しかなかった。
元来フォルクローレとは、英語のfolklore(フォークロア)がそのままスペイン語になったもので、音楽のみならず、民俗学、民族的伝承一般を指す。日本において、ラテンアメリカの民族音楽や、民族音楽をベースに発展したポピュラーミュージックを総称して「フォルクローレ」と呼ぶ。
ラテンアメリカ各地に、それぞれ独自性に富んだフォルクローレ音楽が存在するが、共通して言えることは、先住民系とスペイン系の音楽的特徴が混合され、地域によってはそこに更に黒人の音楽的特徴も加味されていることである。中でも人気が高いのは、アンデス山脈周辺の国々の音楽、アルゼンチンのパンパ(草原地帯)の音楽、そしてパラグアイの音楽であろう。
・・・・・・・ってWikipediaに書いてあった。
要するに私はブログで偉そうな事を書くほど、フォルクローレについて自身の見解を持っていないのである。というか見解をもてるほどの知識が無い。
しかしメルセデス・ソーサをはじめて知ったのは、もう随分前になる。NHKで南米の特番をやっていたとき、シーンがブエノスアイレスの映像に切り替わったとき、バックでかかっていたのが彼女の大ヒット曲、「アルフォンシーナと海」だったと記憶している(もうその記憶も定かではないほど古い。実はその番組がNHKだったかどうかも今や疑わしい)。その後、メロディーの断片的な記憶だけを頼りに、メルセデス・ソーサを探し当てた。
この人の出生はアルゼンチン北西部のトゥクマン。昔からアルゼンチンに住む民族、ケチュア族の父親と、フランス系の母親の間に生まれ4人兄弟で育つ。父親は貧しい労働者だったため生活は楽ではなかった。15歳の時にラジオ局のコンテストに優勝して二ヶ月の出演契約を結ぶが、ディレクターがフォルクローレをバカにしたことに怒って喧嘩して帰ってきてしまったそうである。相当、プライドの高い人らしい。
その性格が災いしてか幸いしてか、世に出たのは30歳になってからである。
前記の「アルフォンシーナと海」を含むアルバム「アルヘンティーナの女(Mujeres argentinas)」を発表、これはアルゼンチン史上に実在した8人の女性を歌ったアルバムなのだが、それが大ヒットしフォルクローレ史上に不朽の名を残すことになった。
しかしその後、1970年代後半にアルゼンチンは軍事独裁政権化となり、ソーサは最初フランス、次いでスペインと、亡命生活を余儀なくされる事となるが、亡命先で歌を通じアルゼンチンの軍政批判活動を展開する。その事が却ってメルセデス・ソーサの知名度を世界に広げる事となる。
1982年に軍事政権が崩壊すると同時に、ソーサは母国へと帰国するが、それ以降はアルゼンチンフォルクローレだけにとどまらず、中米キューバ音楽やカリビアンミュージック、ペルー、チリの民族音楽など、全南米的音楽を志向する事となる。これにより、アルゼンチン一国のヒロインに過ぎなかったメルセデス・ソーサが、「南米音楽の母」とまで称されるようになるのである。正にビッグママなのだ。
今回ご紹介するCDは、メルセデス・ソーサ円熟期の1998年発表の作品。

AL DESPERTAR (邦題、目覚めの時)
音質 9.6
音楽としての楽しさ 9.8
録音の趣 10
Amazonjp
まず音質が非常に良い。また音楽性と音質がベストマッチである。
トラック1のVientos del almaは、アルゼンチン大平原“パンパ”を思わせるような、広大な音場の中に、地に足をしっかりと付けたメルセデス・ソーサが、両の腕を大きく広げ、天を仰いで歌っているような、そんな風景がありありと脳裏に浮かぶ。
このCDは、近年のソーサのアルバムの中でも、特にフォルクローレ色が強いように思われる。
メルセデス・ソーサはいわゆるシンガーソングライターではない。彼女のヒットした曲でオリジナルを歌っているシンガーの音源も、世界中のAmazonを検索していくつか入手してみたものの、その中にはソーサの歌声がいざなう、震えるような感動を超えるものが存在しなかった。
彼女が取り上げて歌う事により、世間に認められた無名作曲家も多いと聞く。なるほど然りと感じ入る話である。
メルセデス・ソーサももう73歳、いつまで魂の歌を歌い続けていられるか判らない年齢である。
彼女をより多くの人に知ってもらいたい。そして生きている内に、もう一度来日公演を果たして欲しい。
ソーサの健康を心から祈る。






